第13節 その終わり

「動くなと言ってるだろうが! 貴様っ、こ、こいつを殺すぞ!」

「ちょっと黙ってろ。今考えてる……」


 正直、ルカを心配してはいない。あの先輩が簡単に死ぬはずがない。


 とはいえ詳細は不明ながら、今彼女が無力化されているのは事実のようだ。


 ならば、助けなければならない。どんな弾があれば助けられるだろうか。


 教祖だけをぶち抜く弾……。閃いた。俺は指をやや上に向ける。


「アシストフォース。跳弾」

「あぎぃっ!?」


 俺が撃った弾はやや不自然な挙動で跳ね返り、教祖の肩を撃ち抜いた。拘束が解け、ルカが抜け出す。


「あ! ま、待てっ……う、動――ガッ」


 再び何かをしようとした教祖だったが、それより先にルカに首を掴まれ、吊り上げられていく。


 普段は自分より数倍デカイ異常実体を殴り倒す腕力だ。人間1人持ち上げるくらいは訳ないだろうが……それにしてもすごい絵面だ。


「がっ、ぐっ……! ゴポッ……!」

「私たちはこれから、この異常空間を解体に向かう。大人しくここで待っていれば……ただ逮捕するだけで済ましてあげる。

 ただ、また余計なことをしたら……命の保証はないからね」


 ルカは教祖を吊り上げたまま凄んだ。ドサリと床に放り投げると、足柄さんの遺体の前にしゃがみ込む。


「足柄さん……」

「……結局、足柄さんは何がしたかったんだろうな。金だなんだって気にする人じゃなかったはずだが……」

「それも、帰ってから調べよう」

「……調べるのか?」


 奥へと進んでいくルカを後ろから歩いて追う。俺が尋ね返すと、ルカは足を止めずに言葉を止める。


「……調べるよ。このままじゃ、何にも納得できない」

「――幸せになれないとしてもか?」


 足柄さんの最期の言葉を引用する。彼は立場上敵ではあったが、死に際に悪態をつくほど俺たちのことを恨んでいたとは思えない。


 だから、多分。彼のあの言葉は、俺たちに向けた純粋な忠告なのだ。


「それでも……私は本当のことが知りたい」

「……そうか。なら、一緒に調べよう。俺も納得できてないしな」

「……うん」



 異常空間を奥に進んでいくと、そこには子供部屋のような、カラフルな床や壁がある空間があった。


 積み木やブロックが散乱し、中心にはこれまたカラフルな……牢屋のようなものが置かれている。


「ギーッ、ギッギッギッ」


 正方形の牢屋にみっちりと収まった、ムキムキの赤ん坊みたいな異常実体。サイズは2メートルはあるだろう。


 目玉が異様に大きく飛び出していて、カラフルなプラスチックの牢屋がガタガタと揺れている。


「……さっさとやっちゃおう。今のうちに教祖とかに外に逃げられても困る」

「だな。アシストフォース……」

「――『動くな』ァッ!!」


 そのとき、背後から怒鳴り声が聞こえてくる。牢屋に近付こうとしていたルカが足を止めた。


 というより、全身が完全に硬直しているように見える。後ろを振り向くと、髪は乱れ、汗や血まみれで憔悴した教祖が息を切らし立っていた。


 ……さっきもそうだったが、ルカが教祖の力を受けてしまうのは何故なんだ? 俺には何の影響もないようだが……。


「ク……クックック……! ソイツはこの迷宮の主。ただでさえ強いが……そこに私の迷宮奥義を合わせると、さらに強靭になるのだ!

 『大きくなれ』! そして『本気を出せ』! 迷宮の獣よ!!」


 ドクン、と大きな心臓の音が聞こえた。あの牢屋に収まった赤子からだ。


「――ギギ。おぎゃあああああああ!!」


 その赤子は教祖の命令どおりにぐんぐんと巨大化し、内側から牢屋を突き破って破壊する。


 あっという間に、俺達がおもちゃに思えるほどにデカくなる赤ん坊の異常実体。生え揃った歯で、こちらを見てニヤリと笑う。


「ふははは……! 馬鹿め、私を侮ってとどめを刺さないからだ。やれ、やれ!! そいつらを潰せぇ!!」

「……言ったよね、私。また余計な動きをしたら容赦はしないって。

 アシストフォース……『ダンジョンルーラー』」


 最深部でのみ発動するルカのアシストフォースが炸裂した。


 すると、さっきまで俺たちに狙いを定めていた巨大ベビーは、はいはいで教祖へと近付いていく。


「な……!? な、何だ! こっちに来るな、こっちじゃない! 逆だ! 奴らを殺すんだよ!」

「ダンジョンルーラーは、異常空間のすべてを支配する……。

 そこにいる異常実体のコントロールは私がもらった。どうやら私の命令が優先されるみたいだね。出力の差かな?」


 赤子はそのまま片手で教祖を持ち上げる。ひいいぃ、と甲高い教祖の声が響き渡った。


「よ、よせ! よせぇ! 離せ、離すんだあ!? なぜ私の言うことを聞かないんだぁぁぁっ!?」

「――おぎゃああああ」

「ひっ、ぎっ、ひぎいぃぃぃぃぃ……!!」


 教祖の体が赤ん坊の口の中に消えていく。奴がどうなったのかは角度的に見えないが……異常実体の体の下に血液が滴り落ちているのは見えた。


「……『強制攻略』」


 ルカがひどく疲れた様子で指を鳴らす。すると周りの空間が金色の光に飲まれていく。


 彼女のアシストフォース、「ダンジョンルーラー」の能力のうちの1つだ。異常空間の強制解体。


 光の中にすべてが消えていき……紆余曲折を経て、迷宮教との戦いは一時の決着を見た。

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