第5節 国会議事堂①【sideルカ】
会期中の国会議事堂が、異常空間化した。
……そんな日本がひっくり返るような大事件が起き、ASSISTの戦力が慌てて招集された。
「あぁ、くそっ! なんでこう車が多いんだ!?」
「太陽の刻――ランチタイムだからだろうな。あとは第五の日――
「騙されるなユズ! それは都市伝説だ。25日以外は車が多いというデータはないッ」
「……お前、都市伝説否定側なのかよ」
「静かにしててくれぇ〜!」
幸いにして、ASSISTが所属する警察庁がある霞が関……から、国会議事堂がある永田町までは近い。
はずなのだが、田原さんの運転する車はプチ渋滞に捕まってなかなか進まなかった。
「……だが、田原さん。ASSISTの全員に招集がかかったんだろう? この車の中は俺達だけなのか」
「い、いや。他のエージェントも別ルートから向かってはいる……2チームほど」
「2だって? ……ASSISTってそんな少なかったのか?」
「…………」
しまった、といったような顔で固まる田原さん。……2チーム?
少し前。それこそ、セイジ君が所属する前までは学生チームを除いても5チームくらいはあったはずだ。
確かにASSISTは以前は死者が多かったけど、最近はそんなに多くない……と足柄さんからは聞いていたのに。
「……気になってることはもう1つあるんだ、田原さん。最近、なんでこんなに異常空間の出現が多い?
これまでは多くても週に1回くらいの出現ペースだったはずだ。ここ最近は多すぎるぞ」
「そ、それは……私に聞かれてもわからん! 異常空間の発生の原因はわかってないんだ」
……それは、さっき言ったエージェント不足については心当たりがあるってこと?
そう聞きたくなったが、やめておいた。今は車の中で不和を起こしている場合じゃない。
「……着いたぞ! 国会議事堂だ」
議事堂前の道路には、普段と何も変わらない様子で人々が行き交っている。
田原さんの車はすごい勢いで滑りながら停車した。車のドアが開き、皆が一斉に降りる。
テレビや写真でよく見るような国会議事堂前広場。
何本もの柱で支えられた入り口から、本来学生は入れないであろう国会へと入場した。
■
白黒の四角形が並んだチェス盤のような床が続いている。中央には赤い絨毯が敷かれ、階段へと伸びていた。
新たな内閣が出来たときなどに全員で並ぶ、あの絨毯だ。もちろんだが今は誰も立っていない。
一見普通の国会議事堂入り口だけど、明らかに空気が違う。
……同時に、体に力が満ちる感覚があった。異常空間の中だということだ。
「……静か、だな」
「そう? 異常実体の声があちこちから聞こえるけど……」
「どんな聴覚してるんだ、ルカ」
辺りを見回しながら奥へと進んでいく。異食の影響なのか、私は異常空間の濃さから奥に続く道がわかる能力を身に着けていた。
道は曲がりくねっているが、真っ直ぐに奥へと進んでいく。いくつかのドアを開く――と、突然血の匂いが漂ってきた。
「これは……誰か、死んでる」
「な、何だってぇ!?」
田原さんが駆け寄ってくる。よくよく考えればこの人非戦闘員なのに、よく入ってくるなぁ……。
「血の匂いはこっち」
「あぁ、あぁ、くそっ! もし議員が死んでたらえらいことだぞ……!」
曲がり角を曲がる。灰色の廊下の先に、倒れている人と血溜まりがあった。
私はその人に駆け寄った。呼吸も脈拍もない。……ASSISTの隊員だ。名前はたしか、カヤブキさんだったと思う。
「お、あぁっ……! な、なんだ……隊員、か」
「……『なんだ』? ……何言ってるの?」
私は反射的に、隣に座っていた田原さんの首を掴んで持ち上げた。
なんだ、って? 死体が議員じゃなくASSISTの人間で安心したって? 人の命をなんだと思って――!
「落ち着け、ルカ君!」
私の肩をゴロウ君が掴んで止める。……何を、やっているんだろう。私は田原さんを解放した。
「……っ! がはっ、ぐっ……!」
「それに田原さん。あなたも、思っていても口にしてはならないことというものがあるでしょう」
「す、すまない……悪かった……」
……謝らなきゃ。ゴロウ君にも田原さんにも。だけど、言葉が出てこない。
心臓がどんどん早くなっていく。ここ数日のいろんなことがフラッシュバックして、目の前の現実感が失われていく……。
「さ……先に、進もう。この人は先に突入したチームの隊員だろ。本隊はまだ奥にいるはずだ」
「そ……そう、だね。うん……こっちだよ……」
私はふらつきながら、嗅覚に従って奥へと進んでいく。
ここは異常空間であるにもかかわらず、不思議なほどに国会の面影を残したままだった。
おそらく入り口から数えて3層目。私たちは国会の討論が行われる議場へと辿り着いていた。
「――だから、一体いつになったら出られるんだ!」
「す、すみません。ただ、外にも異常実体が多くいて……皆様を一斉に避難させるのは危険な状態なんです!」
「何のためにお前たちがいるんだ!?」
広々した議場には、大勢のスーツ姿の老人たちがいた。その中の数名はテレビでも見た記憶がある。国会議員だ。
テーブルは荒れ果て、血が落ちているところもある。ここで異常実体との戦いがあったようだ。
戦ったのは、今彼らに詰められているASSISTのチーム……。彼らは負傷し、意識のない人もいるみたいだった。
そんな議員の中から、私達の入場に気付いたスーツ姿の男が振り向き、眉を釣り上げる。
「……田原ッ!」
「はっ、はい! ASSIST所属田原ソウヘイ、到着しました! 学生チーム、並びに胴枯ルカも……!」
「遅いわ! いつまで掛かっておるか……!」
「す、すみません! すみません、次長……!」
田原さんは前に出て頭を下げる。次長と呼ばれたその男は、怒りを抑えるように拳を握った。
「お、お待たせして申し訳ありません皆さん! それでは、脱出しましょう。ASSIST諸君、護衛と案内を頼むぞ!」
次長……次長。ASSISTを知っている人間で、次長というと……。
「……警察庁次長?」
「な、なんだ。あぁ、私がそうだが……?」
ぼんやりした頭で、私は考える。この状況、そして彼らの言葉を。
田原さんはわざわざ、胴枯ルカ……と私の名を出した。つまり、私の戦力を重視していたわけだ。
ある意味でそれは正しい考えだと言える。議員はこの部屋の中に、ざっと40名以上いる。
年齢が高く、足が悪い人間もいるだろう。その全員を守りながら脱出するのは、おそらく私くらいじゃないとできない。
「た――」
私は、ほぼ無意識に彼の襟首を掴み、言葉を発していた。
「助けてほしければ……足柄さんの情報をよこしなさい」
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