第4節 島崎キョウヤ

 その日、俺は鳥取県に来ていた。仕事柄、いつの間にやら空港に来ることも増えた。


 これは職業病かもしれないが……空港みたいな「広い」「整然とした」場所に来ると、どうにも異常空間の内部に入ってきたような気分になってしまう。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。なぜ俺がわざわざ鳥取にまで来たのか。その理由は、同行している男にあった。


「……着きました? いやー、墜落しなくてよかったですね」

「だからしないって言ったろ?」


 同行しているのは島崎キョウヤ。3日ほど前にASSISTに入った新人だ。


「飛行機の墜落事故なんてのは、自動車の事故とか電車の事故よりよっぽど確率低いらしいからな」

「でもその代わり事故ごとの死亡率半端ないじゃないですか……人は高所から落ちたら死ぬんですよ」


 猫背気味で、気だるげな目をしたどうにも後ろ向きな男である。彼もまた、異常空間に巻き込まれ、そこで襲われて生存した人間だ。


 つまり、アシストフォースを宿している。俺が今回鳥取に来たのはそれだ。鳥取にて発見された異常空間に、キョウヤとともに入るのだ。


「ていうか、セイジさん。ホントにぶっつけ本番で行くつもりなんですか? 俺、まだ能力が使えるとかいうのも半信半疑なんですけど」

「大丈夫だ、俺も最初はそうだった」


 だというのに、急に京都に連れて行かれて異常空間に放り込まれたんだったな。俺は思い出して苦笑する。


「自分の力を知りたければ、まずはその限界を知ること――って、俺の先輩も言ってたんだ。まずは何より、能力を体験してもらわないとな」

「……それ、また例のルカさんですか?」

「なっ!? 何でそれを……」

「何でもなにも……セイジさん、飛行機でもなにかにつけてそのルカさんの話ばっかしてましたし……」


 そ、そんなバカな。なにかにつけてなんてそんな……ことも、あったかもしれないが……。


「好きなんですか?」

「なっ!? オイ! いきなりなんの話だ!」

「いや……ずっとその人の話してるし、ニヤついてるし……好きなのかと思って」

「おまっ……ニヤついてはないだろ! そりゃ、その……好きなことは間違ってないが」


 キョウヤは無表情でヒューヒューと囃し立ててくる。肩を叩いて黙らせた。


「……いいから行くぞ! お前も今日から異能力者デビューだ」

「なかなか心躍る宣言してくれますね」



 ――ところで当然かもしれないが、異常空間の中は電波は入らない。圏外である。


 つまり一度異常空間に入ってしまうと、出るまでは通知も通話も入らないということだ。


 なんなら、突然異常空間内で電話がかかってきたと思って繋げてみたら「クルシイ……クルシイ……」みたいな声を耳元で聞かされて萎えたこともあった。


 要するに解体が終わるまで外との通信はできないということだ。侵入からだいたい3時間半。俺たちは異常空間を解体した。


「……ま、これでだいたいアシストフォースの使い方はわかっただろ」

「は、はぁ。……ぶっちゃけ俺、弱くないですか?」

「いやぁ、そんなことはないぞ。水を操る能力なら、応用次第でかなり幅が広がるはずだ」


 キョウヤのアシストフォース。水を生み出し放ったり、空中に固定したりできる能力だ。


 あいつはやらなかったが、例えば空中に水球を作ることで呼吸を強制的に止めさせたり、体内のどこかに水を作ったり。


 そういうえげつない使い方をすれば強さはもっと上がるだろう。


 とはいえ俺がそうだったように、自分自身が「それができる」と思わないとなかなか難しいだろう。


(特に敵の体の中に水が生み出せるかどうかとかは、異能力系のマンガでも議論の種だしな)


 水能力系っていつもそうだよな。最強説が生まれたり生まれなかったり。


 ――と、そのとき。俺のスマホが振動した。田原さんからだ。


「はい、田原さん?」

『田原ではない! 私は杉浦――警備局公安課の者だ! 神凪で間違いないな!?』

「……公安? まぁ、はい。警察庁附属機関ASSIST、神凪セイジです」


 俺たちASSISTは、警察庁の所属ではあるが、警察庁内の何らかの課に属しているわけではなく警察庁の直属附属機関ということになっている。


 とはいえ、仕事柄地方警察と連携を取ることはあるし、特に公安とは同じ仕事を担当することが多い。


『ずいぶん長い間連絡がつかなかったが、何をしていた! ……いや、そんなことはどうでもいい! 今すぐに永田町まで来い!』

「今すぐったって……俺今鳥取ですよ」

『何だとぉ……!?』

「ていうか、先に何があったのか教えてくださいよ。なんでそんなに焦ってるのかも」


 あとついでに、なんで田原さんの携帯からかけてきてるのかも知りたいが。それは今はいいだろう。


『国会議事堂が異常空間化したんだ! 中に多くの議員先生方も取り残されている!』

「なに!?」

『ASSISTのエージェント全員を投入し、すぐにでも救出せねばならん! 一刻も早くお前も向かうんだ!』


 ……マジかよ。国会議事堂が異常空間化って。そんなことってあるのか?


 とはいえ、あっちにはルカもいる。大丈夫……だとは思うが。


「ちょっとすまんが、急いで戻らなきゃならなくなった。行こう!」

「一日の学生の移動量じゃないですよね、これ」


 それはまったくもってそうだな。

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