第3節 最後の日常
「ルカ先輩! 久しぶりっすね」
「……セイジ君?」
あれからなんとかさっさと退院して、俺はようやく警察庁の廊下にてルカと合流することができた。
田原さんから聞いた話によると、俺がいない間ルカはソロでいくつかの異常空間を解体していたらしい。
相変わらず恐ろしい実力だが、だからといってそれに甘えるのは良くない。
今日からまた俺がルカの相棒としてやっていかなくては。俺はどこか浮かない顔のルカに歩み寄る。
「どうかしました? なんかちょっと元気なさそうですけど」
「あ――ううん、何でもない何でもない! ちょっと夏バテ気味でさ」
そうなのか……それは心配だ。ちゃんと食ってないんだろうか?
「今日って、また解体任務の予定でしたよね。体調大丈夫なんすか?」
「ヘーキだって! それよりセイジ君の方こそ大丈夫なの? 病み上がりなのは君の方だよ?」
「俺の方はもうバッチリです。なんなら、ルカ先輩は今日休んでてもいいくらいですから」
「ハハ、言ったな〜……? じゃあ一人で行けるとこまで行ってみる?」
……行ける! これこそが俺が望んでいた流れだ。軽口に乗りやすいルカならこういうことを言ってくれると思っていた。
「へッ……いいですよ。先輩は後ろで見ててください。俺の解体技術をね」
「はいはい。危なかったら助けてあげるからね」
本気にしていない様子で廊下を歩いていくルカの背を見ながら、俺は考えを整理していた。
迷宮教の事やら入院やらで邪魔されていたが……むしろその入院を機に、俺は自分の中の気持ちを整理できた。
俺は――ルカが好きだ。
正直、かなり最初の頃から――おそらく最初に目の前で命を救われたときから――一目惚れだったんだが、今までその気持ちを無視していたんだ。
だけど、やっぱり俺はルカが好きらしい。彼女に惚れている。見た目や声……明るい性格とか、挙げればキリがないが。
(入院中、変な話を聞いたり、以前のやり取りを思い出したりしていたせいで余計に強く意識しちまった。
……けど。好きだからといって、今はまだ告白なんてできやしない)
そうだ。告白なんてまだ……少なくとも今はまだ早い。
なぜなら俺は、まだルカより弱い存在だからだ。
このまま告ってみたところで、俺は弟ポジに収まり、最悪告白自体がちょっとしたかわいい冗談扱いになりかねない。
(俺は今回の任務で証明しなきゃならない。俺はルカと同じくらい強いんだと。
そのために……俺1人の力で異常空間を解体する!)
そうすりゃ、ルカも俺のことを対等な相棒と認め、ちゃんと男として見るようになるだろう。
その時こそ。その時こそ……! こ、告白を……!?
(いや待て。解体直後は流石にあれだな。ムードが無さすぎるな。もうちょい時間を置くか)
いつがベストだろうか。そもそも今はルカもちょっと傷心中だしやめといたほうがいいのか?
いや。傷ついている今だからこそ、俺が支えるという決意を伝えたほうがいいのか?
クソ、正解がわからん! 俺の人生初の色恋沙汰だ。
悶々と考えながら、俺たちはしばらく無言のまま解体現場に向かうことになった。
■
「アシストフォース、消失弾!」
「ゥゴゲ――」
俺が打ち込んだ黒い弾は、巨大なクマみたいなやつに吸い込まれた。直後に、そのクマの体は声とともにどこかに消えてしまった。
ゴゴ、と床が揺れ始める。今のが異常空間の主だったようだ。空間が崩れ、異常空間が解体されていく。
「……うそ」
……いやいや。予想よりも遥かに早く、しかも簡単にやれてしまったぞ。
「……マジっぽいですね」
正直なところ……もう少し手こずると思っていた。
何でも撃てるようになったとはいえ、異常実体も様々いる。
それに階層が浅いうちは能力による消耗も大きい。だから1人だけで異常空間を解体するのはさすがに難しい……と、思っていたのに。
簡単に言うと、俺の能力は以前よりも明らかに燃費が向上していた。
その理由はよくわからない。回復弾やら消失弾、そういう特別な弾を撃つようになったから、そのぶん限界が押し広げられたのかもしれない。
「と、とにかく! 見ましたかルカ先輩。今はもう俺も、これくらいできるんですよ!」
「……すごい。ホント、強くなったねぇ」
揺れが大きくなり、空間全体が光に飛ばされていく。そこではほとんど声しか聞こえず、俺はルカがそのときどんな表情をしていたのか見えなかった。
――しばらくして、俺たちは現実の空間に戻されていた。
今回の入り口はコンビニだった。一応都内だが、23区外の地方。その閑静な住宅街の近くの、小さなコンビニ。
廃墟とかじゃなく普通のコンビニだったから、その分発見は早かった。今は改装工事中を装って封鎖されている。
……遅れて、不思議な達成感が全身を満たす。
俺はルカと、本当の意味で対等になれたという実感が湧いてきたのだ。
「……なんか、スゲー早く終わりましたね。飯でも食べに行きますか?」
「あ〜……ゴメン! いま食欲なくてね」
「ルカ先輩が食欲がない……? いつも散々食べてるのに」
「何その言い方!? そんなに食べてないでしょ! セイジ君と同じくらいしか食べてないじゃん!」
女子高生が男子高校生と同じ量食べてる時点ですでにかなり食う方……だという指摘は野暮か。
照れたように笑うルカの表情は、いつも通りのものに見えた。
「あ――そういえば。足柄さんについては何かわかりましたか」
「……ううん。なんにも。な〜んか、上の人が隠したがってるみたいでさ」
「そうか……やっぱり、まずはもうちょい上の人間とちゃんと関係を作らないと駄目そうですね。
そもそも、ASSISTの上の人って誰なのかもよくわかってないですし」
現場を封鎖していた警察官に話を通し、歩いて駅まで向かう。
道中にはいくつもの一軒家があり、道に咲く花があり、半袖と長袖の中間くらいの人々の姿があった。
「そういえば……近々、ASSIST学生チームに追加人員が来るらしいですよ。ゴロウとヒロキが救助したらしいです」
「へぇ。いいね、楽しみ」
「それと、ルカ先輩が愚痴ってたあのショッピングモール。アレ、そろそろできるらしいですよ」
「あー。いろいろお店が入るやつね! 久しぶりに映画も見たいねぇ」
「そ……そうですね。完成したらその、一緒に回りましょう!」
「うん。それまでには夏バテも治しとくよ」
これは……デートの約束を取り付けたといっても過言ではないのでは!?
今回俺は、強さに関してルカと並び立つことができた。その上でデート……ということは、そろそろなんというか、関係を前に進めてもいいってことなんじゃないのか!?
内心大きなガッツポーズを決めながら、俺は他愛ない話をしながら駅までの道を歩いた。
――それが、ルカとの最後のまともな会話になるとも知らずに。
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