第6節 国会議事堂②【sideルカ】

「な――」

「な……何やってるんだ、ルカ君!?」


 田原さんの慌てふためいた声で、私はようやく自分が取り返しのつかないことをしていることを自覚した。


 やってしまった。ここ最近のストレスで、どうにも感情が抑えられず行動の抑制も効かない。


 目の前には明らかに苦しそうな警察庁次長の顔がある。今から冗談でしたって笑ってもどうしようもないよね……。


 ……なら、もう突っ切るしかない。私は脅迫を続行する!


「足柄ソウヤのことを知ってるでしょ!?」

「ぐぅっ! は、離せ……知ってる! 知ってるよ!」

「彼がどうしてあんなことをしたのか教えて……!」

「わかった! わかった……!」


 私は次長の胸から手を離し、彼を解放する。突然の暴力沙汰にその場にいた議員やASSISTの人間は硬直し、こちらを見つめるだけだった。


「……この部屋の中では……伝えづらい。別室に行ってもいいか」

「……いいよ」


 咳き込みながらスーツの襟を払う次長。重そうな鞄を持ち上げ、ゆっくりと議場を出ていく。


「おっ、おい! どこへ行くんだお前たち!」

「黙って。待ってて」


 議員が私を止めようとするのを制す。次長は観念した様子で足を止めず、そのまま外に出た。


「おっ、おい。一応確認だが、私の身の安全は守ってくれるんだろうな。化物に殺されたら情報も何もないぞ」

「それは問題ない……。ていうか、ここに入ってきてから異常実体は見てないし」

「なんだと……? バカな。議場にまで大量にやってきたのを、なんとか締め出したんだぞ」


 ……どうにも話が噛み合わない。少なくとも私はここに来てから異常実体は見ていない。


 遠くにいることは嗅覚でなんとなくわかるが、移動するほど遠ざかっていったはずだ。


「そんなことより。足柄さんについて知ってるんでしょ? 教えて」

「……あぁ、わかったよ。これが、足柄から送られてきた書類だ」


 次長は重そうな鞄からかなりの分厚さのファイルを取り出して渡してきた。ラベルには「処分書類」とある。


「今日、処分するつもりで持っていたんだよ。国会の帰りに。何だってこんな」

「……どうして、そんなに素直に渡すの?」

「別に。脅されたからだ」


 私は怪しさを感じながらも、その書類ファイルを受け取った。


 ファイルを開くと、まず目に入ったのは「異常空間の情報開示に関する嘆願書」という書類のタイトルだ。


「足柄は再三に渡って、情報開示をしろとしつこく要求してきた。国内の混乱を招く行為だ。当然許可などできるはずもない」

「…………」


 私は嘆願書の内容を詳しく見る。足柄さんの主張はおおよそこうだ。


 『異常空間の情報が民間に開示されていないことに起因して、ASSISTは不必要な隠密行動や不要な地方警察との連携を強いられている』。


 『また、異常空間に関する研究もほとんど進んでおらず、エージェントの確保を偶発的にしかできていない』。


 『速やかな民間への情報開示こそが、コストの削減、研究の促進につながる』……と書いてあった。


(……これは、言っていることはわかる。とはいえ、次長の言い分も理解できる。

 情報開示なんて諸刃の剣だ。それは彼もわかっていたはず。足柄さんは、本当にこれが不満で迷宮教に?)


 私はファイルから別の書類を取り出して確認する。……「告発書」?


「おっと。動くな胴枯ルカ」


 カチリ、と後頭部で音が鳴った。……金属の匂いがする。銃だ。


「何のつもり?」

「それ以上首を突っ込むと火遊びでは済まなくなるということだ。一応拳銃を携帯しておいて助かったよ。

 さぁ、もういいだろう。君は何も見なかった。納得して退けば、私への暴行やら命令違反もチャラにしてやる」


 引き金に指がかかっているのが音でわかる。彼が少し指に力を込めれば、弾丸が私の頭に叩きつけられるだろう。


 なるほど。ずいぶん素直に書類を渡すと思ったら……油断させて銃で制圧するつもりだったわけだ。


「これでも君のASSISTでの功績を讃えて、破格の条件なんだ。本来なら即逮捕だぞ」

「……そんな銃が私に効くと思ってる?」

「な――」


 相手の銃を構える手が一瞬緩む。その瞬間に私は振り向き、銃口を掴み――バレルをへし折った。


「なっ、なあぁ!? じゅ、銃が!?」

「冗談。銃は流石に効くよ。もう撃てなくなったけど」


 持っている武器は銃1つだけだろう。警察官でも、特殊部隊でもない限り複数の銃なんて持っていない。


 改めて私は、ファイルから取り出した「告発書」の中身を読む……。


「ま、待て! それ以上読むな! どうなっても知らんぞ!」


「――警備局公安課が……異常空間を利用して死体を隠蔽している疑い……?」

「……っ!」

「加えて……一部の政府要人による隠し金庫として異常空間が利用されている疑い……これは、何……!?」


 ――死体の隠蔽。


 異常空間には、解体された際に内部に死体があった場合、その死体を飲み込んで消滅してしまう性質がある。


 そのせいで被害者の死体回収は困難で、遺族を悲しませることも多々あった。


 ……それを。国ぐるみで利用していた? 国に都合の悪い人間を、より安全に証拠ごと消すために?


「そんなものは……くだらん陰謀論だ! 足柄の奴め、おかしくなっていたに違いあるまい。

 こんなものを送りつけてきた挙げ句に、意味のわからん宗教団体に入る始末だぞ!」


「公安課による異常空間を利用した死体隠蔽は、ここ最近始まったこと。

 そして、死体の完全な隠蔽のためには異常空間を解体し、死体ごと異常空間を消す必要がある――そのたび、ASSISTの隊員は駆り出され、そこから犠牲者が出ていた――」


 5チームあった隊が2チームになるほどに。隊員が犠牲に。公安の、国家ぐるみの人殺しのために?


 そんな任務は私には一切知らされていなかった。


 ……恐らく、学生チームにだけはこんなことはやらせられない、と足柄さんが隠して他のチームにやらせていたんだろう。


「……足柄さんは、その公安に殺された人たちのこともリスト化していた。行方不明者扱いになった外国の人とか、犯罪者……」


 彼らが公安になぜ狙われて、なぜ消されたのかは……この際どうでもいい。


 とにかく、足柄さんは知ってしまったんだ。国が異常空間を都合よく使い始めたこと。


 そして、そのためにASSISTの隊員の命が使われ始めたことを。


 それでも、彼はなんとか組織内で戦おうとした。しかし、次長によって握り潰された。おそらく彼自身も命を狙われた可能性が――


「――あっ……?」


 ……待った。今さらかもしれないけど……「足柄さんが迷宮教に殺された」という情報は、誰が何のために流した?


 私もセイジ君も、アレは足柄さんによる狂言で、私たちを迷宮教に誘き寄せるためのものだと思っていた。


 でも……なんで足柄さんがそんなことをする必要がある? 私たちに勝つ見込みも薄いのに。


 ――頭の中で、最悪のシナリオが組み上げられていく。


(アレは。アレは、まさか。足柄さんの始末に失敗した上層部が……確実に足柄さんを仕留めるために、私たちを利用して、戦い合わせた……?)


 まさか。まさか、そんな。


 私たちに足柄さんを殺させて。計画の成功にほくそ笑んでいた人間が――


 目の 前に いる。

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