第7節 国会議事堂③【sideルカ】
「……あなたが……。あなたが、足柄さんが迷宮教に殺された、って情報を……?」
「わ、私じゃない! 私たちはただ足柄の通信を傍受して、迷宮教との接触を知っただけだ。
その上で、田原に『適切な対処』をと指示した。お前たちに殺させろなんてことは、ハッ、そんなことは言わんさ……!」
……なんだ。あの人もか。乾いた笑いが漏れてしまう。
足柄さんには。私には、周りにどれだけの敵がいたんだろう。今の今まで気付かなかった自分に腹が立つ。
「……なぁ。ここだけの話……君が公安に協力してくれないか」
「は……?」
「ASSISTの中で、被害を出さずに異常空間をどうにかできるのは君か、神凪セイジくらいのものだ。
君が公安の仕事を手伝ってくれるなら、少なくともASSISTから死者が出ることはなくなるんだぞ」
――――。
「私が……そんなことに協力するとでも?」
「協力してくれればお互いウィンウィンだということだよ。そもそも、君はこれからどうするつもりなんだ?
このことを知ったところで、君じゃどうにもできんぞ。異常空間の利用計画にはすでに多くの人間が関わっているんだ」
「私は……今ここで、あなたを始末することもできる」
「お、落ち着け……! 私を殺したところでどうなる? 計画は止まらんし、だいいち私が国会議事堂にいることも、そこが異常空間化したことも知っている者は知っている。
その私が異常空間で死んだとわかれば、犯人探しも始まるしASSISTもどうなるか……!」
「……たしかにね。異常空間の外に出たら、能力のない私はそれこそ暗殺とかもされかねないし」
「そ、その通りだ。足柄だって、そのために異常空間に籠もったんだからな。
馬鹿なことを考えるのはよせ。それより、互いの利益を考えよう」
こんなときに、迷宮教の教祖の言葉が脳裏に過ってしまう。
――間違っているのは弱いやつが上に立って、真の強者が足を引っ張られる現実の世界の方だ。
「確かに、そうだよね……」
「わかってくれたかね? ……なら、さっさとここを出――ブッ」
次長が口から、勢いよく血を吐き出した。顔にかかったそれを拭う。
「汚いな……」
「き……きさ、まっ……ど、どうなるか、わかっ……ガハッ」
「なんとなくね……。面倒なことになりそうだとは思ってるよ」
彼の腹を貫いた私の手を引き抜く。顔も手も、ついでに制服も返り血で汚れてしまった。
……短絡的な行動だったとわかってはいる。だけど、到底許せなかった。これはある意味、足柄さんの仇だ。
「……もう1人」
きちんと話を聞かないといけない相手はもう1人いる。……臨時室長、田原さん。
私はできるだけ血を拭ってから、議場に戻ることにした。
■
「――は?」
そうして戻った私が見たのは、とても信じられない光景だった。
灰色の、腕の長い巨人。頭の代わりに鮮やかな花が咲いている異常実体――フロリスト。
「ウウゥウ゛ゥウウ゛ゥウウゥ゛――!!」
それが群れになって、議員の老人たちを襲っていた。聞くに耐えない悲痛な悲鳴が響き渡り、ゴキリと骨があちこちで鳴る。
「なに、これ」
「助けてぇ! 助けてくれぇ! 金ならっ、金ならあるんだぁ〜!! あギッ」
「誰か! 誰かぁぁ!!」
私が離れていた間に何があったのか、議場を見渡す。
フロリストは、全部で20体はいる。フロリストの死体も4体。その死体の近くに――
「……ユズちゃん」
金髪の、私と同じ制服を着た少女。その、死体。首がありえない方向を向いていた。
彼女の死体に折り重なるようにして、ゴロウ君も倒れている。最後まで彼女を守ろうとしたんだろうか? 体に5個ほど穴が空いていた。
「ぎゃああああっ! やめ、やめてぇぇっ!! 足がっ、足がぁぁ……!」
「お願いします! 許して! 許してくださいぃぃ!!」
悲鳴のオーケストラの中、私はもう2人の姿を探す。せめて生きていてほしいと祈りながら。
しかし、そんな期待は裏切られた。松原くんは机の上にいた――頭だけの状態で。
ヒロキ君も、死角になっていてちゃんと見えないが地面に倒れている。ピクリとも動いていないから、やっぱり死んでいるんだろう。
状況から見て――私が次長と一緒に外に出てすぐに、フロリストの群れが議場になだれ込んできたのだろう。
ASSIST学生チームも必死に戦ったが力及ばず、各個撃破されていった。
そうして残った国会議員たちも、フロリストたちに狩られていく。彼らによって弄ばれ、1人1人殺されていく。今はその最中だ。
「あああぁぁ……! うあぁ……!」
「首、首が首がっ、首ぃぃぃぃ……! やめゲッ」
「…………」
悲鳴もどんどん聞こえなくなっていき、終いには、フロリストが発するノイズのような声だけが空間を支配する。
彼らは私の存在には気付くものの、遠巻きに眺めながら遠ざかったり、気づかないふりをして通り過ぎるばかり。
なるほど。私は今や、異常実体から見ても同族と見なされるみたいだ。
(どうりで、この異常空間に入ってから1度も異常実体に会わないわけだ……)
彼らは同族であり格上の私を恐れて、目の前に現れないようにしていた。そして私がいなくなったことで、議場へとなだれ込んだ。
「……フッ」
なんだか笑えてしまった。これまでや、目の前のすべてが。
私が離れなければ。私が次長の話を聞こうとなんかしなければ。皆は生きていたのに。
「真実を知っても幸せにはなれない……か」
――次の瞬間、私は一番近い位置を歩いていたフロリストの目の前に踏み込み、その頭を殴りつけて引きちぎる。
「ギィィィ――!」
それに気付いた他のフロリストが、こちらを威嚇しながら後退る。怖がっているみたいに。
いつの間にか私は異常実体にまで怖がられるようになってしまったようだ。ますます、なんだか面白くなってしまう。
「ギュイィッ、ギィ〜〜!!」
「ヴゥゥァ……ッ!」
逃げることを許さず、20匹のフロリストを1分足らずで殲滅する。アシストフォースも必要ない。全員、手か足でぶち抜いて殺してやった。
そうしたら異常実体の青い返り血と人間の赤い返り血が全身を汚して、私は真っ黒にずぶ濡れてしまっていた。
「……ははっ」
誰もいなくなった議場を歩く。死体の中には、田原さんもいた。問いただすまでもなく死んでしまったようだ。
「ふっ、はっ、ははっ――みんな、弱いなぁ」
――笑いながら流した涙は、全身の血にすぐに溶けて見えなくなった。
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