第8節 国会議事堂④

「……もしもし、杉浦さんですか? 神凪です。今どんな状況ですか? 俺は今さっき羽田に着いたところで、誰にも連絡が付かないんですけど」

『ようやく来たか! 私も同じ状況だ。国会議事堂からは未だ誰も出てきていない!』


 電話の向こうからは車のクラクションや風の音が聞こえてくる。杉浦さんは外にいるようだ。


「悪いなキョウヤ。今日はここで解散だ。また明日にでも警察庁に来てくれ!」

「わかりました。大変ですね、セイジさんも」


 本当にな、と苦笑して俺は羽田を出て、永田町に向かうことになった。



 タクシーで国会議事堂まで辿り着いた俺は、しっかりと領収書を受け取りつつ入り口に急ぐ。


 そこには数名の警察官が待機していた。俺が走ってきたのを見ると、1人の壮年の男がこちらに気付いた。


「神凪だな! 私が杉浦だ」

「あぁ、どうも。で、どうなってるんです? 異常空間発生からどれくらい経ったんですか」

「ざっと4時間といったところか。こんなにかかるものなのか?」

「……4時間か」


 どう答えたものか迷う。4時間という時間は、正直決しておかしな時間ではない。


 俺やルカがいる場合の攻略が早すぎるだけで、他のアシストフォース使いたちなら4時間どころじゃ済まないだろう。


 異常空間の中には異常実体が次々に現れるし、こちらも休憩だって必要だ。


 能力の回復を逐一待ちながら進んで、その上内部は迷路化している。


 そうして5階層だの6階層だのに辿り着いた挙げ句に、デカイ異常実体を倒さなければならない……。


「4時間は、異常空間の広さにもよりますけど。大しておかしな時間じゃないです」

「なに? そうなのか……」

「ただ、中にルカ先輩がいるのならおかしいです。彼女がいるなら、2時間で解体しててもおかしくない。中にいる人間の救助くらいなら、(もっと早く済んでもいいはずだ」


 そうだ。その点が本当の問題なのだ。


 ルカが中に入っていったのに、未だに要救助者すら出てこないのは流石におかしい。


 もし万が一――考えたくないことだが、ルカが負けて動けない状態だとしても、他のASSISTの仲間が撤退判断をするはずだ。


 考えられる可能性は――「純粋に階層が多すぎて時間がかかっている」「ルカが戦闘不能状態で、かつ現場がごたついている」……他には「ルカも他の皆も瞬殺されるほどの魔境」。


 この辺りだろうが、どれも現実的ではない。ルカより強い異常実体なんて考えられないからだ。


「……とにかく、俺も入ってきます。状況次第ですが、まずは最低限中の様子の報告をさせてもらいたい」

「了解した。何かわかったら一旦引き返してくれ。ただし、国会議員の先生方の保護が最優先だ。いいな」


 そいつらは誰だよ。ルカが優先に決まってるだろ。……と言いたい気持ちを抑え、わかりましたと答える。


 それから俺は、テレビで見たことのあるような入り口から内部へと侵入した。



「おーい! ゴロウ! ルカ先輩!?」


 赤い絨毯が敷かれた階段を登りながら叫ぶ。返事は返ってこない。


「まぁ入り口あたりにはいないか……さすがに4時間経ってるわけだし……」


 だとしたらどれくらいの位置にいるのだろうか。俺はルカと違って異常空間の道なんてわからないから、適当に進んでいくしかない。


 地図もない空間の中、適当に目についた扉のドアノブに手


 を伸ばす――!?


「……はっ?」


 ……目の前にあったドアが消えた。というより、意識が一瞬途切れたような感覚があった。


 というか、ここはどこだ? 巨大な柱が乱立し、中心には赤い絨毯が敷かれている。さらにあちこちに巨大な炎の燭台のようなものがある。


 さっきまで立っていた場所とはまるで違う、魔王の玉座みたいな場所に一瞬でワープしていた。


「よく来たね、セイジ君」


 聞き覚えのある声に顔を向ける。赤い絨毯の続く先には、ソファーのようなものに腰掛けるルカの姿があった。


 いつもの見慣れた彼女の姿だ。ただ、その全身は血で汚れている。


「ルカ先輩!? 大丈夫ですか!」

「あぁ、これ? 大丈夫だよ。全部返り血だから」


 そう言ってルカは困ったような笑みを浮かべる。肩や腕の血をいまさら払おうとする。


「……ここは? そうだ、救助とかはどうなったんですか」

「ここはセイジ君が入ってきた国会議事堂の異常空間。救助はねぇ……なんか、もう嫌になっちゃった」

「え……?」


 ルカが俺に向ける声や表情はいつも通り明るい。だが、それがどこか不気味だった。


 何かがおかしくなっている。車輪が外れているのにそのまま走っている車のような、不気味な調子を感じてしまう。


「田原さんとか……他のASSISTの皆は?」

「死んじゃった。ついでに国会議員の人たちもね」

「――っ!」


 そんなセリフでも、ルカは楽しそうな様子を崩さない。


 いったい何があった? 急にどうしたっていうんだ?


 俺が絶句していると、ルカは頬杖をついてニコリと笑う。


「ねぇセイジ君。私さ……この世界をぜーんぶ、異常空間にしようかと思うんだ」

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