第6層 怨嗟の竜①
第3階層に足を踏み入れると、その地面はひび割れた石のようだった。
空には暗雲が広がり、はるか向こうには雷が轟いて時折光が瞬く。
あちこちに見えるのは、俺が今立っているものと同じであろう岩の浮島。
何の浮力で浮いているんだかわからないが、それらが無数に暗い空に浮かんでいる。
「ずいぶんとまた雰囲気のある場所だな。つーかこれ、飛行系の能力じゃなきゃ攻略不可能だろ」
「他の挑戦者だったらこんな場所じゃないからね。これは君専用ステージだよ」
「そりゃ光栄だね……」
俺はブライトと話しつつ、ちらりと両手を見る。指先が黒い。もう少しで能力が回復する。
「次に試されるのは何だったか?」
「自らの罪を省みることができる者。ちなみに君が話を引き伸ばして時間を稼ごうとしているのはわかっているよ」
「……!」
「大丈夫、安心していい。回復を待たずに仕掛けるようなセコいマネはしない。まずは彼を君に紹介しておこう」
彼女が指を鳴らす。すると、何も見えない暗雲の遥か下から、雲を掻き分けて何かが浮上してくる。
地面と、空気が激しく揺れている。とてつもなく大きい何かが迫り上がってくるようだ。
――そうして雲を吹き散らして飛び上がった巨大な怪物は咆哮した。
「――オオオオオオオオオオオ――!!」
「ごらん。アレが君の罪を測るモンスター。『怨嗟の竜』だ」
俺はソイツを見上げ、あまりの巨大さに呆然とした。1つだけで10mはあろうかという翼を広げ、悪鬼のような表情でこちらを睨む竜。
無数の牙が組み合わさった巨大な口を歪め、紅く淀んだ眼球の中には無数の目玉が組み合わさっている。昆虫のような複眼らしい。
尾の先端は未だ雲海の底にあり、全長は伺えない。だが今見えているだけでもすでに300mはある。
体表は大量の人間の腕が互いに組み合っているような異様な形状になっていた。巨体と合わせて、凄まじい威圧感を感じる。
「怨嗟の竜は、君がこれまでに倒してきたモンスターのぶんだけ強くなるんだ。
君がこれまでに倒してきたモンスターの合計数は、なんと27万3548体。この竜はそれだけのモンスターを内包している存在だと思ってくれていい」
「なんだよそりゃ……冗談か?」
「私からすれば君のほうが冗談だがね。よくもまぁ、そんなに大量に倒してきたものだよ」
27万……27万だと? その数の異常実体をねじり合わせたバケモノと戦えって?
そもそも相手がここまでデカイと弾丸が届くかも怪しいもんだ。
ここが5階層で、ルカがいれば強制攻略で無視して進んでたんだがな。あいにくとここは5階層じゃないうえに、ルカはもういない。
「ちなみに一応言っておくが、やり過ごして次の階層に行くってことはできない。大人しく戦うんだね。全力で」
「それができたら苦労しねぇってんだ」
両手の回復は完了した。いつまでも愚痴ったところで、ブライトが折れてくれるとも思えない。仕方なく俺は片手をあの化物に向ける。
「アシストフォース。光線!」
指先から一筋の光が、遥か遠くにいる竜に向けて放たれた。
光は確かに奴に命中し、貫通した。だがあの巨体にとっては、針が刺さった程度にしか感じちゃいないだろう。
「オオオオオオオオオオオ――!!」
再び、空気が激しく震えた。竜はその体をうねらせ、こちらに向かって突っ込んでくる。ずっと遠くにいたはずの異常実体が、あっという間に間近まで迫る。
竜が巨大な口を開く。そこから赤色の光が漏れ、口元に稲妻のようなものが走る。ただごとでない熱が体を叩きつける。
「クソ! テレポート弾!」
俺は咄嗟に遠くにある浮島に指を向け、弾丸を放った。直後に俺の体は弾丸と同化し、凄まじい速度で移動。
浮島の地面に弾丸が命中すると同時に、俺の体が元に戻る。テレポート弾――俺自身を弾丸として射出することで高速移動する弾だ。
――爆音。空気を裂く風の音と、岩が砕ける大音量とが混じり合う。
俺が先程まで立っていた浮島を見ると、そこはあの竜が吐き出した極太のプラズマのようなものに呑み込まれ、消滅していた。
「……なんつー威力だ」
「見事なものだろう。そして怨嗟の竜はまだ君を見失ってはいないよ」
竜の複眼がこちらを向く。その巨大な体がゆっくりと旋回し、翼が空を叩く。
滑るように、再びこちらへと迫ってくる。口内からプラズマを放ちながら。再びアレを撃とうとしているようだな。
「似たような技を披露するのはオススメできねぇな! アシストフォース――」
今度は竜の砲撃を避けることはせず、まっすぐに奴へと右手の人差し指を向ける。
尋常でない熱に、皮膚の痺れ。目が潰れそうなほどの光。それらがみるみるうちに大きくなり、そして爆音とともに俺に放たれる。
「ぐおおおおおっ……!」
その衝撃はとても言葉じゃ言い表せない。皮膚だけこの場に残して、背中から骨やら内臓やらがまとめて飛び出していきそうだ……!
だがそれでも、問題はない。奴のプラズマ砲は、その本来の破壊力を発揮することなく俺の指先へと吸い込まれていく。
永遠に続くような苦痛を乗り越え、ついに竜の砲撃は止まった。指先には、禍々しい熱と光を放つ弾丸が1つ。
「カウンターバレット!!」
放った弾丸は、そっくりそのまま奴のプラズマ砲と同じ。いや、むしろ本物よりもさらに威力が高まった砲撃をヤツへと返した。
「オオオオオオオオオオオ――!」
相手がバカデカかろうが、そのデカイ攻撃を返してやればダメージは必ず入る。その竜の姿は、爆風と煙に包まれ見えなくなった。
そうしてプラズマ砲を返し切った俺だったが、当然あんなモノを受けたり返したりしていれば体への反動は凄まじいことになる。
顔とか手とかは黒焦げだし、体の前半分の骨はほとんど折れた。あと何十秒も経てば意識を失う大怪我だ。
――逆に言えば、何十秒も猶予があるということだ。折れた指を自分に向け、緑色の光とともに弾を撃つ。
「アシスト、フォース。回復弾」
全身に光が染み込み、傷ついた体が瞬く間に再生していく。入院数ヶ月の大怪我も、1秒で完治。
「ってぇな……。回復するからって痛いもんは痛いんだぞ」
まったく面倒な戦いだ。俺は肩をゴキリと鳴らした。
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