第7節 怨嗟の竜②
爆煙に覆われて目の前は何も見えない。我ながらとんでもない威力の攻撃だった。
願わくば今ので消し炭になっていてくれたらありがたいんだが――
「オオオオオオオオオオオ――!」
「……なってねぇよな、そりゃ」
咆哮と共に煙幕が吹き飛ばされ、怨嗟の竜が再びその姿を現す。
顔面は焼け焦げ牙もかなり折れている。左の翼膜には穴が空いているが、その驚異的な圧迫感は健在。
翼に生えた爪の先端に、丸い光が灯る。よく見るとそれは、表面に幾何学模様が描かれた魔法陣だ。
そこから光が飛び出してくる。放射状に広がり、俺に近付いてくる丸い光。ヤツの攻撃か!
「アシストフォース、バリアー弾!」
頭上に弾丸を放つと、ピラミッド状の青い四面体が俺の全身を包んだ。迫りくる大量の光弾は、バリアの表面に触れると爆発を起こした。
「ぐぅっ……!」
一撃一撃が必殺級だ。生身で受けたら体が真っ二つになるレベルの威力。バリアで受けるたびに、目の前の青い光が激しくひび割れる。
「バリア修復弾!」
バリアを直す弾丸を何度か連続で撃ち込み、敵の攻撃を耐える。今からじゃテレポートで避けるのも無理だ。外に出た瞬間焼かれるだろう。
左手が半分以上黒い。このまま修復弾を撃ち続けていたらじきに手全体が黒くなるだろう。そうなったらおしまいだ。
だが根比べは俺が勝った。爆発の勢いが止む。竜は光弾を撃ち尽くしたと見える。
「アシストフォース! 重力弾!」
再び煙で見えなくなった竜めがけて、黒と紫に彩られた弾丸を放つ。特殊な弾丸だ。それなりにダメージは入るはず!
――その瞬間、俺は先程までの熱とは真逆。強烈な冷気を感じた。
感じた瞬間にはもう遅かった。パキン、と霜を踏むような音が足元で鳴る。視界が白と青に覆われ、右目が失明した。
残った左目で何が起きたのか、俺の体を見る――俺の全身が凍りついていたのだ。
「なッ……に――」
青白いビームのようなものが竜の両目から放たれ、俺を直撃したようだ。爆発に紛れて撃ったのだろう。
喉まで半分凍っているのか、声がうまく出せない。クソッ。何でもありか、このドラゴン!
「かい、復弾!」
連続使用の範疇に入るペースで、2度目の回復弾を俺自身に撃ち込む。冷気は消え、肉体の凍結は解除された。
だが俺が撃った重力弾もまた奴に命中していたようだ。胸の辺りがひしゃげて歪んでいる。口からは血が滝のように流れていた。
「クソ……だが、能力が……」
「両手とも黒くなってしまったね。君はもう弾を撃てなくなった」
今の回復弾のコストが重すぎたらしい。両手が完全に黒く染まり、これらが回復するまで弾は撃てなくなった。
3階層なら完全回復まで3分。その間、能力なしであの竜を凌ぐのは明らかに不可能だ。
「さてさて……。セイジ君。君はまだ本気を出していないのか。それとも本当に手詰まりなのか?」
「…………」
ブライトが俺に歩み寄ってくる。この両手を眺めているようだ。
「もし君の力がこの程度のものだったなら脅威じゃない。このダンジョンを解体する力もないとみなして、見逃してあげようとも思っている」
「へぇ……そりゃ優しいな」
「だが君がただ本気を出していないだけで、ここから切り抜ける手もあったとすると――このダンジョンが脅かされる恐れがある。
その場合、油断せずここで君を攻撃し、本気を出させたほうがいいだろう」
ブライトは手を顎に当て悩む。緑色の光を湛えた両の眼がこちらを見つめていた。
「よし……決めた」
「――オオオオオオオオオオオ――!」
彼女が指を鳴らす。それに応えるように怨嗟の竜が吼え、その口元に赤いプラズマが揺らいだ。
「君はまだ力を隠していると読んだよ。切り抜けられるはずだ……セイジ君」
「チッ……!」
プラズマが収束し、高熱を放つ。それが再び迫り来る――!
(仕方がないな……)
俺は右手の人差し指を左手に向けた。その先端に光の玉が灯る。直後に、プラズマ砲が浮島に直撃した。
――そのときすでに、俺はその浮島にはいなかった。遥か上空に、テレポート弾で移動していたからだ。
激しい風がバタバタと体を叩き、甲高い風の音が耳を塞ぐ。重力に従い、体は高速で落ちていく。
「やっぱり力を隠していたね。しかし……どうやって弾を撃った? 君の両手はもう完全に黒かったはずだ――っ?」
俺を追って空中に現れたブライトが、俺の両手を見て目を見開く。そうだ。俺の右手は依然黒いままだが、左手はすでに指先が黒い程度。
それも今撃ったテレポート弾によるコストで黒くなっているだけだ。つまり、俺の手は一時的に完全に復活していたことを示している。
「何をした……?」
「さぁな。アシストフォース、徹甲榴弾!」
再び左手から弾丸を放つ。それは竜の体表に突き刺さると、少し間を置いて爆発した。鱗とともに肉片と血が飛び散る。
「アシストフォース、内部破壊弾!」
落下しながら次々に弾丸を放つ。内部破壊弾は破壊力の高い特殊な弾だ。
徹甲榴弾で飛び出した肉に食い込むと、そのまま内部へと穿孔。竜は悶えて苦しむ。その代わり、再び俺の左手は完全に黒くなった。
今度は俺の左手を、未だ黒い右手に向ける。人差し指の先に、旋回する光の刃が伸びる――それで、俺は手首から右手を切り落とした。
「ぐッ……! 回復弾!」
切断された右手首の断面が、拡散する緑の光を放つ。すると、瞬時に元通りの右手が生えてきた。黒くなってもいない。能力のクールタイムはリセットされている。
「……なるほど。それが君の奥の手か。手を切断後回復させることで、黒くなった手をリセット。すぐにまた弾が撃てるようになる……ってことだね」
「そんなところだ。切れた手首からでも弾が撃てるのは、最初は俺も驚いたもんだ」
だができたものは仕方がない。そして、近接攻撃代わりに使うだけなら弾のコストを払う必要もない。それゆえに、完全に手が黒くなろうが切断は可能だ。
こうして俺は、手を切断するというとんでもない自傷行為の代わりに、息切れすることなく無限に弾を撃てるようになった。どの階層であろうとも、だ。
「素晴らしいよ、セイジ君。さすがはS級解体人だ」
「お世辞はいい。それより、本気が見たいんだったな? 今から見せてやるよ……!」
空へと落下しながら、回復した右手を竜へと向ける。
本気を出すのは久しぶりだ。果たして、お前はいつまで保つかな!
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