第8節 怨嗟の竜③
一度本気を出すと決意してしまえば、もはや俺がこんなデカブツに手こずる理由はなくなった。
同じ空中という土俵に立った俺に対し、怨嗟の竜は体をうねらせこちらに迫る。歯が欠けまくった巨大な口で俺を飲み込もうとしてくる。
「わざわざ口の中を見せてくれるとはな。アシストフォース、溶解弾!」
暗く赤い竜の体内に、強酸性の液体を含む弾丸を撃ち込む。直後に腕を後ろに向け、テレポート弾で口の中から脱出する。
「ナイフ。リロード」
ほとんど黒くなった手を切り落として再生する。体は未だ空中のまま、上空から竜を見下ろす。
「ギャアアアアアアアア――!!」
溶解弾が効いてきたのか、大音量で吼え、巨体をグネグネと悶えさせる。そのデカさのせいで、ただ苦しんで体を揺すっているだけでも爆風が吹き荒れた。
「あとどれだけぶち込めばお前はくたばる?」
「オオオオオ――ガアアアア――!」
「腹一杯になるまで奢ってやるよ。ありとあらゆる弾丸をな!」
アシストフォース――ミニガン、プラズマ弾、凍結弾、炎上弾。
核融合弾、戦艦主砲、神の杖、雷撃弾、消失弾、能力無効弾、酸欠弾。
どうも即死弾みたいな小細工の弾は効き目がないようなので、純粋な攻撃力と弾丸の質量で敵を押し潰していく。
どんなにデカかろうが、そのでかい身体の全てが弾丸に埋め尽くされれば生きていられるはずもない。
「ゴオオオ――アア――グアア――」
その調子で撃ち続けていると、いよいよ竜の元気がなくなり始めた。霧のように身体の周りに血液が噴き出し、もはやこちらへの攻撃もできそうにない。
「アシストフォース。ハイパーガン」
ダメ押しに、両手を組んで光線のような弾丸を放つ。それは竜の体を半分以上覆うほどに太く大きい。
その光に飲まれ、削り取られ、竜が最後の悲鳴を上げた。羽ばたきが止まり、その巨体がゆっくりと空へ沈んでいく。
「テレポート弾。……これで終わりだ」
浮島に着地し、俺は戦いの終わりをブライトに宣言する。巨大な建造物が崩れていくように、竜が落ちていく。
「フフフ。実に見事だね、セイジ君。まさかあそこまで育った怨嗟の竜を、こうも一方的に仕留めてしまうとは」
「…………」
「それにしても、手を捨てて能力をリロードするなんてね。能力への理解――そして狂気がなければ実行できない手段だ」
「御託はいいだろ。次の階層はどこだ?」
俺は機嫌悪く吐き捨てる。能力を褒められたところで全くもって嬉しくない。それはすなわち、ブライトに能力を把握されたということだからだ。
もし奴との直接対決になったとしたら、この情報のアドバンテージ差は大きい。不利な戦いになるだろう。
「まぁそう急ぐこともない。3階層のボスを倒した記念だ。特別に見せてあげよう」
「見せるだと?」
そのとき、視界の端で降下を続けていた竜の体が空中で停止する。
その巨体は徐々に小さくなっていく。光となって圧縮されていく。同時に、こちらに近付いてくる。
ハンドボール大になったその球体は、ブライトの手の中に収まった。
全部の色の粘土を混ぜたような、赤と黒と紫のマーブル模様の玉。彼女はそれを口に入れ、齧った。
「なっ……何をやってんだ!?」
「そういえば君は見るの初めてだったかな。ご覧の通り、食べてるんだよ。モンスターを」
顔をしかめながら球体を頬張るブライト。ああ見えて硬いのか、バキバキと口の中が鳴っている。
「私は――じゃなくて、ホントは全員そうなんだけどね。
ダンジョン適合者は、モンスターを捕食することによって体内のウイルス濃度を高め、アシストフォースを強化することができる……。
割とすぐチリになるし、マズすぎるから誰もやらないわけだが」
爛々と光る眼を細めながら、ブライトはその球体を食べ切った。口を抑え飲み込む。
「……く……くっ、くっくっ」
「何がおかしい? マズすぎて狂ったか?」
ブライトは口角を吊り上げ笑っていた。不思議と、その幻影から強い圧迫感を覚える。
「モンスターが含有するウイルスを、肉体に取り込めば取り込むほどにアシストフォースは強くなる。そして今、私は――27万体分のモンスターを取り込んだ!」
「何……!?」
すべての浮島が激しく揺らぎ始める。暗かった空が徐々に赤く染まり、黒い太陽が登る。
「ありがとうセイジ君。君のおかげで私の能力はさらなる高みへと至ることになる。
もはや! 何人も! 私を止めることなどできなくなるだろう!」
ブライトはしばらくハイになった笑っていたかと思うと、突然笑顔を消しこちらを見る。
「さて。それじゃあ4階層に送ってあげよう。君が試されるのは、“真実から目を背けずに”進むことができるかどうかだ」
真実から目を背けずに? 何を言ってやがる。
彼女が指を鳴らすと同時に、浮島がガラガラと音を立て崩れた。同時に俺の体も重力に引かれ、落下が始まる。同時に意識が薄らいでいく――。
「君も、私と同じ試練を受けるんだ。真実という試練をね――」
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