第4節 唯一の相棒

 とりあえず私のC級解体人免許を受け取ったところで、私たちは腹ごしらえに1階に戻り、昼食を摂ることにした。


「せっかく名古屋まで来てるのになんで安い食堂で食べるわけ〜? 名古屋フードとか食べようよ」

「贅沢言うな。だいいちギルドでだって名古屋フードは食べられるぞ。安い味噌カツ定食が」


 ついさっき2000万円受け取った人間が「贅沢言うな」ですってよ!


 むしろちょっとは贅沢言えって感じなんだけど。たぶん、セイジは昔の所持金の感覚がずっとアップデートされてないんだろうなぁ。


「あ……あの! 神凪セイジさん、ですよね!」


 そんなふうに歩いていると、緊張した様子の茶髪の男の人がセイジに話しかけてきた。


 なんかヒップホップとかしてそうなダルダルした服を着て、ジャラジャラアクセサリーを着けている20代後半くらいの男だ。男がサングラスを外し頭を下げる。


「俺! あなたに憧れて、この間B級になったんです!」

「そうか。頑張ってるな」


 恐ろしく興味がなさそうなセイジの声色。にもかかわらず、彼は感激している様子だ。


 そして、彼の影響で「声をかけてもいいんだ」と認識してしまった人たちが遠巻きに近寄ってくる。


 それからあっという間にセイジは記者会見かってくらい囲まれ、隣にいた私はやんわり押し出された。なんなの!


「どうすればあなたみたいに強くなれますか!?」

「体を鍛えろ」

「どうして1人でダンジョン入ってるんですか? 危なくないんですか?」

「今は1人じゃねぇ」


 セイジがそう言いながらチラリと私を見ると、彼らの視線は一気に私に向いた。なんなの!


「あ、あー……ど、どうも」

「子供……? なんでそんなのを?」

「そんな子より、私のほうが役に立てますよ!」

「そうだ! 俺を連れて行ってくれませんか!?」


 な、な……! なんなのこいつら! この短時間で何回「なんなの」って言った!?


 私とセイジのこともロクに知らずに勝手なことを。


 彼らは私の身なりを見て勝手に見下しては、またセイジに殺到していた。あっという間に私のことは眼中にもないようだ……。


 そりゃあ、確かに私は5階層まで行かないとアシストフォースの発動すらもできないけど。


 体力もないし、ダンジョンのマッピングも頭の中でできないけど……。


(……あれ。もしかして、私がこの人たちよりセイジに役立てることなんて無いのかな)


 一応、連れて行ってほしいって言ってる人たちは多分B級解体人だろう。


 そうじゃなくても、ほとんど力のない私よりは鍛えているし場数も踏んでいるはずだ。


 ……セイジは、そういう人のほうがいいんだろうか?


「ふーん、そうか……なら、そこのお前。使えるアシストフォースは?」

「えっ……! は、はい! 俺のアシストフォースは、『スイングブレード』です。振り回した遠心力によって威力が上がる剣が出せます!」


 ……なかなかに強そうだ。セイジは遠距離タイプだし、近距離のアシストフォース使いとの相性はいいんじゃないだろうか。


 そんなふうに考えているとどんどん気分が落ち込んできた。セイジもわざわざ聞くってことは、私以外を連れて行くことも考えてるのかな……。


 じわっと目が熱くなって視界が滲む。……だめだ。涙が出そうだ。


 けど、ここで泣いて同情を引くみたいなことはしたくない。それこそ負けた気分になるからだ。


「そうか。次の質問だ。

 ――ここからそこそこ近くて名古屋グルメが食える場所は?」

「え?」


 え?

 ……セイジ何聞いてるの? なんか涙も引っ込んじゃったよ。


「え、えーと……シンプルに名古屋駅ですかね? 結構な店があるんで……」

「そうか、わかった。よし……行くぞ、ルカ」


 セイジは周りを囲みこんでいる人々を乱暴に押しのけて、私の肩に手を置いた。そのまま足早に歩いていくのを私は追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「もっとお話を!」

「なんでそんな奴は連れてくんだ!? 俺のほうが絶対――」


 そう言って怒り混じりの男がセイジの肩を掴んだ。さっき名古屋グルメを聞かれていた男た。


 ――しかし。直後にその手を捻りあげられ、逆に胸ぐらを掴まれた。セイジによって。


「お前はこいつの何を知ってる? お前の能力なんぞより、こいつの能力の方がよっぽど有用だ」

「う、ぐぐっ……!」


「それとな。初対面の相手には敬意を払え。解体人関係なく、人間の基本ができてねぇぞ。

 そんな奴を連れて行ってやる義理はねぇ」


 セイジは乱暴に男を解放すると、再びギルドの外に歩いていく。いたたまれない私は慌てて彼の跡を小走りで追った。


「セ、セイジ……」

「まったく、ロクでもない連中しかいやしねぇな。手羽揚げでも食って帰ろうぜ」

「う、うん……」


 ギルドから出て、しばらく道路を歩く。名古屋の街並みは道が広く、車の通る道がやや狭い。


 高いビルに塞がれて進む方向はよく見えないが、太陽は高く、冬の割に暖かい日だった。


「……私、大して役には立ってないしさ。他の人に乗り換えるかと思っちゃった」

「バカ言うな。……お前は俺の唯一の相棒だ。『これまでも、これからも』な」


 私の欲しい言葉を言い当てるかのように、セイジはそんなことを言ってくれた。


 ――一方で、少し引っかかってもいた。


 セイジはいつの間に、そんなに私のことを信用してくれていたんだろう……?

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