第6節 4階層・パイプの地下鉄①

 ドアの先の4階層には、湿った金属の匂いが漂っていた。


 足音がカツンカツンとやたらに響く。周りは薄暗く、錆だらけのトンネルになっていた。


 壁面にはいくつものパイプが張り巡らされている。それらもほとんど錆びて、ビスが取れて壁から剥がれかけ、折れているものもあった。


 天井には蛍光灯が規則正しく並んでいるが、光量が弱くほとんど何も照らしていない。そのためひどく暗い。


 床はタイルではなく鉄板が敷かれていた。これがやけに足音が響く原因だ。


 パイプだけでなく床の鉄板も所々剝げていて、そこから錆びた鉄筋や金具のようなものが覗いている。


 まるで手入れする人間がいなくなった廃墟の地下鉄のような空間だった。


 そんなトンネルを歩いていると、突然羽音が天井の方から響いてきた。私とセイジさんは天井を見上げる。


 するとそこには、巨大なコウモリのようなものがいた。


 体長1メートルはあるだろうか。それは私たちの頭上を飛び回って暴れていたかと思うと、こちらに急降下してきたのだ!


「きゃああああ!!」


 私は思わず悲鳴をあげ、その場にしゃがみ込む。


 しかしセイジさんは冷静だった。人差し指を天井に向け、指先に旋回する赤い光を灯す。


「アシストフォース。プラズマ弾」


 そう呟くと同時に指を振るい、弾を発射する。その弾はコウモリめがけて飛んでいき、着弾する直前に爆発した。


 爆風が私の髪を激しく揺らす。コウモリは黒焦げになって地面に落下し、そのまま動かなくなった。


「す、すごい……」

「4階層目だからな。能力もかなり高まってる。この程度の相手なら訳ない」

「へぇー……。ところで、私はそのアシストフォース? ってやつ、使えないのかな?」

「…………」


 私には記憶がない。ないが、こんなダンジョンにいたということは、そういう能力くらい持っていてもおかしくないんじゃないだろうか。


 私がそう話を振ると、彼は突然足を止めた。黒焦げの蝙蝠の香ばしい匂いが漂う中、沈黙が痛い。


「セイジさん……?」

「……ああ。いや……知らんな。ただ、アシストフォースはダンジョン適合者に新たに生まれる体の機能だ。

 使える感覚があるなら使えるだろうし、使えなさそうなら使えないんだろう」

「何よ、その投げやりな回答は」


 むむ、と唸りながら体を見回してみる。しかし、どう考えても私の体に妙な感覚などなく、能力が使えそうな感じはしない。


 その感覚も忘れてしまっているだけなのか、それとも私はダンジョンに適合していないのにあんな場所に入って寝ていたのだろうか?


「ところで、さっきも言ってたけど……『適合』って何なの?」


「……ダンジョン内の異常実体は、何らかの未知のウイルスを所持している。

 アイツらから攻撃を受けることで人間はそれに感染する……。そのウイルスへの抗体が運良く出来た人間。それが適合者だよ」


「ウ、ウイルス……? ていうか、運良くって。抗体が出来ないこともあるの?」

「ああ。その場合は死ぬ。ま、そんな危ない橋を渡らなくてもワクチンを打てば抗体を得られるけどな」


 ワクチン。そういえばさっきの宝石のくだりでも出てきたワードだ。さらにセイジさんは教えてくれる。


 モンスターの体内や、そこから取れたダンジョンストーンには人間をダンジョンに適合させるウイルスが入っている。


 ストーンの中のウイルスは非活性で、わざわざ取り出さなければ無害だ。


 国はダンジョン解体人になりたい人のために、ストーンからウイルスを取り出してさらに弱毒化し、ワクチンを精製している。


 このワクチンを摂取することで、ちょっと体調がしばらく悪くなる代わりに「抗体」……つまり、「アシストフォース」を得られるわけだ。


 基本的にはモンスターに直接攻撃を受けて感染した能力者の能力のほうが強いものになり、ワクチンで弱毒化したモンスターのウイルスを投与した人間の能力はやや控えめなものになるらしい。


 ただ勿論、直接攻撃された人間はそのまま死ぬリスクが高い。


 一方のワクチンは、ダンジョン解体人になりたい人間ならば誰でも受けることができるし安全性もかなり高い。


 そもそも現在では、基本的にダンジョン解体人以外はダンジョンに入れない。国が管理しているからだ。


 そしてダンジョン解体人はアシストフォースの習得が必須……つまり、直接攻撃されて覚醒した人間というのは今や極めてレアなのだという。


「ちなみに俺は前者、直接斬られたタイプだ。この目の傷はその時のだよ」


 彼は首だけ振り向いて左目の傷を見せた。何かに引っかかれたような3本の傷が痛々しい。


 この傷が原因で彼も生死を彷徨ったのだろう。


 その代わりに、彼の弾を撃ち出す能力は他と比べても強力だということらしい。確かに、今のところ出たモンスター、全部ワンパンだもんね……。


「なんで、そんな危ない橋を渡ってまでダンジョン解体人……とかいうのになったの?」

「俺の場合は成り行きさ。他の連中は……ま、国からの補助金目当てだろ。ダンジョン解体は歩合制だが、割のいい仕事だしな」


 モンスターのいる場所に入ることが割がいいとはあまり思えないが……もしかすると私の常識が古いだけなのかもしれない。


「でもさ。ダンジョンの中で寝てたってことは、私もダンジョン解体人なのかな?」

「…………。かもな。ダンジョンへの侵入は国の許可がいるからな」

「じゃ、じゃあ! その解体人の登録情報みたいなのを探れたら、私が何者かわかるんじゃない?」


 かもな、と興味なさげにセイジさんは先に進んでいく。もう少し興味を持ってもらいたいんだけど。せっかくの私の記憶の手がかりなのに!

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