第3節 3階層・プールルーム

「さて。だいたい説明は終わりだ。もういいな?」

「……色々聞きたいことはあるけど。あっ、えーと……さっきモンスターから拾ってた宝石みたいのは何?」

「アレは採取物質……今どきで言うとダンジョンストーンと呼ばれるものでな。異常実体が死んだ際に放出される鉱石だ」


 そう言って男はポケットからジャラッと色とりどりの宝石を取り出した。赤、緑、青……どれも綺麗だ。


「純粋に貴金属としての価値がそれなりにあるのに加えて、ワクチンの材料にもなるんだよ。だからコイツは金に代えられるってことだ。見かけたら拾っとけ」

「う、うん」


 ……ワクチン? 病気のやつかな? なんで宝石が病気のワクチンになるんだろう……?


「他に聞きたいことは?」

「そういえば、聞いてなかった! あなたの名前は?」

「俺は神凪セイジ。好きに呼べ」


 男、改めセイジさんはそう自己紹介した。


 本当は自己紹介を返したいんだけど、返すべき私の名前がない。


 とても不便だし、会話が途絶えたようで気持ちが良くないなぁ……。


「じゃあセイジさんね。よろしくお願いしま――」


 その時だった。

 バシャアン!! という大きな水音が遠くから聞こえてくる。


 左を見ると、巨大プールの中央で大きな水柱が上がっていた。かなり離れた場所までパラパラと雫が降ってくる。


「な、何なに!?」


 慌てて近付くと、澄んだ水の中に何かが沈んでいくのが見えた。


 すぐに奥深くまで沈んでしまってよく見えなかったが、どうも裸の人間、だったような気がする……。


「あまり気にしすぎるな。ダンジョンで起きる現象の多くは、人の不安を煽るためだけのものだ」

「そ、そうなの? なんでそんなことが……?」

「さぁな。大学の教授先生とかは『モンスターは人の不安を餌にしてるから』とか説を唱えてたが、ホントかどうかは怪しいもんだ」


 不安を煽る。確かにすごく不安な気持ちにさせられた。


 そもそも天井には何もなかったし、人が立てるような空間がない。


 どこかから人間の死体がワープしてきて突然水に落ちていった……としか説明できなさそうだ。気持ちが悪い……。


 寒気を感じながら歩いていくと、その先の通路は水没していた。


 おおよそ膝くらいの高さまで水びたしになった一本の通路が続いている。セイジさんは躊躇なく靴と靴下をその場で脱いだ。


「ええ〜? ここ、通らなきゃいけないの?」

「嫌なら引き返してもらってもいいぞ。帰り道はあちらだ」


 嫌味ったらしく笑いながらセイジは元来た道を指差して、ザブザブと水路に入っていく。確かに一本道だったから、他に道はなさそうではあるけど〜……!


「ぐぬぬ……」


 私は意を決して、履いていた黒いローファーと紺色のソックスを脱ぎ、スカートを少したくし上げて、片足ずつ水に浸していく。


「ひゃあぁ、冷たい……!」


 膝まで水に浸かると、もうどうにでもなれって気分になってくる。ざぶざぶと水の抵抗をかきわけ、一気に歩を進めた。


「うえぇ、寒い〜……ていうかこの水、体につけて大丈夫な水なんでしょうね……?」

「さぁな。ただ経験上、こういう透明な水は平気だ」


 水にせき止められながらザバザバ歩いていく。私はスカートだからまだマシだが、先を行く彼はズボンがびしょ濡れだ。丈の長いダウンも水に浸っている。


 それだけ水の抵抗を受けているはずなのに、歩くペースは私よりかなり早い。大人と子供の体力差、というものだろうか。


 脚の疲労が強くなるのを感じつつ、私はペースを早めて先を歩くセイジさんの背中を追う。


「あの、このダンジョンってどのくらい広いの?」

「外から内部の広さを知ることは不可能だ。が、だいたいの経験からして。次の階層はそう遠くないだろう」

「はぁ、よかった……」


 このまま水の中を歩いて三千里、なんてことになったら凍えてしまう。


 足先の感覚がなくなるくらいには冷たいままなのに、運動による疲労で胸とか背中が暑くなってきている。


 真冬にマラソンをしているような気分だ。寒いのに暑い……気分は最悪だった。


 それからさらに3分ほど歩くと、通路は上りのスロープになっていて、ようやく水没した廊下が終わってくれた。


 奥にはまたしても広〜……い空間があった。


 やまびこが聞こえてきそうなほど広い空間。端から端まで歩くだけで1分か2分はかかりそうな正方形の広場。


 天井も壁も床も白いタイルがびっしり張られ、そんな空間の中心には通常サイズの木製のドアだけが立っていた。ど○でもドアみたいだ……。


 現実の建築では到底ありえない空間の無駄遣い。


 それを見てこの空間の異常さを再認識するとともに、なんだか、綺麗なようにも思えてしまった。


「はー……ったく。面倒なとこだったな」


 セイジさんは足を振って軽く水を払ってから靴下と靴を履き、ドアを開けた。まさにど○でもドアみたいに、ドアの向こうには全然違う景色が見える。


「って、ええっ、ちょっと! 乾かしてから行こうよ!」

「歩いてるうちに乾く。気にすんな」

「いや気にするでしょ! 濡れた靴下履いてたら水虫になるよ!?」

「ならない。俺は強いから」

「適当なこと言うな! あっ、ま、待ってってば〜!」


 こんな変なところで1人でなんてお断りだ! 仕方なく私も、できるだけ足を乾かしてから靴を履いて後を追った。

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