第4節 アシストフォース②
男がそのドアを開けると、一気に景色が変わる。
白寄りの灰色の壁に、細かい四角のタイルの床。漂ってくるのは塩素のような匂いと水の音。それと同時に、少し肌寒さを感じ始めた。
先ほどと違い天井に発光体は見当たらないが、どういうわけか先ほどの部屋より明るかった。
ドアを開けた先の細い廊下を抜けると、巨大な――本当に巨大なプールが現れた。
端から端まで100メートルほどはあるだろうか。天井も高く、普通のビル5階分の高さは優にあるように見える。
プールの水は澄んでいるのに底がまったく見えない。どれだけ深いんだろう? 落ちたらどうなることかと背筋が冷える。
「あっ……ちょ、ちょっと待って!」
私は男に声をかけてからプールに近付き、水面を覗いた。
光が反射され、私の顔が写っている。
ひと目見て――その顔に見覚えはなかったが――少し安心した。普通に高校生らしい若い女の子の顔だ。制服はコスプレでは無さそうだ。
唇は薄めで目は大きく、髪と目の色は少し緑色がかっていた。髪は多分染めたんだと思うが、目はなんだろう。
試しに瞳に軽く触ってみたところ、カラコンなどが入っている様子はなかった。つまり自前で緑色みたいだ。日本人としてはやや珍しい色合い。
目鼻立ちは整っていて……自分で言うのもなんだけど、割と美少女なほうだと思う。
記憶がないから言えるだけで、毎日見ていたらそうも思えなくなるのかもしれないが。
「おい。もういいか?」
「あ、うん。大丈夫。顔の確認とかしてただけだから……見覚えなかったけど」
「……そうか。今のところ辺りに異常実体の気配はないな。よし……じゃ、手短にダンジョンについて教えてやる」
巨大なプールの縁を歩きながら、男は話し始めた。
■
整理すると、話はこうだ。今から約20年前、日本各地にダンジョンと呼ばれる空間が突如として現れた。
ダンジョンは現実世界の空間を元にしているものの、脈絡のない建築様式であったり、非常に広大であったり、超現実的で不気味な姿をしていた。
こういうのをリミナルスペースとも呼ぶらしい。直接的にすごく怖い! っていう要素はないのに、なんだか不安になったり怖くなる空間のことだ。
ダンジョンは、元々そこにあった空間を塗り潰すようにして「ダンジョン化」するらしい。
どこがダンジョンになるのかの予兆はなく、そこに何があるのかも問わない。
だからショッピングモールの1エリアが突然ダンジョン化することもあれば、高速道路のど真ん中にダンジョンが出現することもあるそうだ。
基本的には屋内がダンジョンになりがちだけど、外が突然ダンジョンになることもある。
その場合、ダンジョンと普通の空間の境目はモザイクみたいに歪み、内部の様子は確認できないそうだ。
とにかくそういうふうに、空気を読まずにどこにでもダンジョンは出来てしまう。
そうなると、ダンジョン化された建物や土地の持ち主はダンジョンを消したいわけだ。道路だったら通れなくなるし、レストランだったら客が来なくなるから。
その為に、現在では国家公認の職業でもある「ダンジョン解体人」という人がいる。
ダンジョンに侵入し、攻略することでダンジョンを消滅させる職業だという。
ダンジョンの姿はそれぞれまるで違うが、共通する変わった特徴がいくつもあった。「モンスター」、「階層」、そして「アシストフォース」だ。
ダンジョンの中には、先ほどのフロリストのような異常な生物が数多くいる。
どれも不気味で、人間に対する害意が非常に強い生物群だ。これまでの地球の歴史上、どこにも存在しない生物たち。
ちなみに男の言う「異常実体」というのは古い用語で、今どきは皆モンスターと呼ぶそうだ。
ダンジョンには、必ず何らかの手段で仕切られた5つの階層がある。
入り口にあたる1階層は狭いことが多く、モンスターも弱い。そのため銃などの近代兵器で十分対処ができる。
だが私が目覚めた2階層になると、銃ではモンスターを倒せず、怯ませる程度にしかならない。それくらいモンスターが強くなるのだ。
3階層、4階層ともなると現代兵器では傷一つつけられないほどにモンスターが強化されてしまうそうだ。そのため、一般的な軍人さんはダンジョンには入らない。
代わりに人類が手にしたのが「アシストフォース」と呼ばれる力。これはダンジョンに適合した人間のみが扱える能力だそうだ。
その力は彼が先程実践してみせたように非常に強力。
かつ、モンスターが階層によって強化されるのと同様にアシストフォースもまた階層が深まるごとに強化されていくので、深い階層でも問題なく戦える。
彼の能力は1階層目では豆鉄砲程度の威力。2階層目では強力なライフル弾レベル。3階層目になると大砲や戦車並み。
4階層目以降は、そもそも比べられる近代兵器が存在しないほどの威力だと語った。
他にも「速く走れるようになる」、「武器を巨大化させられる」、「運が良くなる」、「火の玉を出せる」、「相手を凍らせられる」……。
「適合」時にどんな能力が得られるかは人それぞれで、その強さも千差万別。
ダンジョン解体人は、そのアシストフォースをうまく用いて5階層目を「攻略」するらしい。
攻略の条件はほとんどの場合はダンジョン5階層目にいる主のようなモンスターを倒すこと。
だが、稀に謎を解いたり、生贄を捧げるようなパターンもあるそうだ。……ここがそうじゃないといいなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます