第3節 アシストフォース①
「ねぇ。ここ、さっきも通らなかった?」
このダンジョンという空間はどこも均一な壁と床の色で、何より異様なまでに広かった。
数分間、進めど進めど景色は変わらない。足が疲れてきていた。
「……みたいだな。マッピングはおおよそ終わりだ。あと通ってないのは……」
男と私は、同時に遠く離れた闇を見た。
蛍光灯が消えたり点いたりを繰り返している暗い空間。
私達はできるだけそこを避けて歩いていたが、何度も行き止まりにぶつかっては引き返していた。
理由は単純。その暗い空間を中心にして、先ほどの異形がうろついているからだ。まるでそこにあるものを守っているかのように。
「しょうがねぇ。アイツを仕留めてから進むとするか」
「仕留めてからって……そ、そんなことできるの!?」
「ああ。アイツは異常実体『フロリスト』といってな……まぁ簡単に言うとものすごくタフで、積極的に人間の首をねじ切ろうとしてくる。さっきも見たとおりにな」
グロテスクな説明を聞いて改めて背筋が冷える。あの光景が頭によぎってしまいそうだ。
……とはいえそれなら、と私は彼に銃を返そうとした。あれと戦うのなら必要なはずだ。
「いや、銃はいい。俺にはコイツがある」
だが彼は受け取らなかった。代わりに、すっと暗闇の方を指さす。
「……???」
指差した先で暗闇が揺らめいた。ノイズ混じりの叫び声が聞こえてくる。
例の怪物、フロリストが現れたのだ。だというのに、彼は武器を出す様子がまるでない。
「ちょっと、来ちゃうわよ……!」
慌てて私は銃を両手で構え、ヒタヒタと足音を立てて近付いてくるフロリストに向ける。
手が勝手に震え、照準が定まらない。ブオオオ、と怪物が咆哮し、不安定な姿勢で走ってくる。
「危ない! 逃げなきゃ――」
「よく見ておけ。これが――ダンジョンと戦うための、人間の業だ」
そのとき、風が吹いた。それは前方から、男の方から吹き込んでくる。
彼の人差し指の先にはいつの間にか小さな赤色の玉が浮かび上がり、高速で旋回していた。そこから強烈な風が吹いてくる。
「アシストフォース。アンチマテリアルライフル!」
彼はそのまま、自らの手を銃の形にして「弾を撃った」。
人差し指の先にあった赤色の玉は光線の残像だけを残し、一瞬で視界から消える。
怪物、フロリストの咆哮は止まっていた。それもそのはず。その頭は爆ぜてなくなっている。彼が放った弾を受けたためだろう。
べしゃり、と巨人がその場に倒れた。青色の血が頭から流れ出し、その体がボロボロと崩れていく。
崩れた体は空に上って少しずつ消えていく。後には緑色の小さな……宝石のようなものだけが残された。彼は慣れた手付きでそれを拾いポケットに入れる。
男が使ったのは、間違いなく「魔法」だった。指先から放たれる閃光。そんなものは私の常識にはない。
あまりに非現実的な光景に、開いた口が塞がらなかった。まぁ、もっと言うとあの怪物の時点で非現実的だったんだけど……!
「ま、2階層じゃこんなもんか。よし、行くぞ。いつまで変な顔してる」
「変な顔はしてない! ていうか、そりゃ驚くでしょ! 今の何!? 指から変なの出たけど!」
「はぁ……わかったわかった。移動しながら説明する」
さも面倒そうに、男は暗闇に向かって歩いていく。
蛍光灯の光が消えた闇の中には、遠くから見ても気づけないような黒色のドアがあった。
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