第7節 突入、迷宮教

 夏の合宿を終えて、俺とルカは――月並みな言い方だが――絆を深めていた。


 ルカは以前よりも俺を信用してくれているように感じる。同様に俺も、弱みを見せた彼女にさらに惹かれていた。


 そんなある日。まだ暑さの残る8月の下旬に、ついにその時がやってきた。


『セイジ君。ルカ君。……迷宮教の拠点が発見された』

「なに……!?」


 グループ通話で告げられたのはそんな言葉だった。室長代理の田原さんはさらに続ける。


『場所は広島県山中。かつて旅館だった廃墟だ。そこに白いローブを着た怪しい連中が入っていくのを見た人がいる』

『白いローブ? それが迷宮教の服装なの?』

『そうだ。しかも、入っていったきり何日も出てこないんだそうだ』

「ってことは……中が異常空間になってて、そこから出てきてないってことか。迷宮教の前情報と一致してるな」


 通話しながら、思わず拳に力が入る。こうしている間にも、異常空間は生まれ、被害者が出ている可能性はある。


 それに何より、足柄さんの。ルカの父親代わりを殺した仇を打たなければならない。


「田原さん。教えてくれ、その場所を」

『あ、あぁ。くれぐれも気をつけてくれ。我々も異常空間の外で待機する』

『じゃ、セイジ君。警察庁に集合でね』


 通話が終了する。俺は立ち上がり自宅を出た。



 道路も引かれていないような山を車が進んでいく。車体はグラグラと揺れ、不揃いな石の上をタイヤが踏みつける音がする。


 東京の羽田空港から広島空港まで飛行機で飛んで、現地でレンタカーを借りて運転……と、田原さんはなかなかの重労働を担当してくれていた。


 学生を戦場に送るんだから、それくらいはしてくれないと割に合わないとは思うが。


「見えた! あれだよ」


 そんな旅路の末に、ついにコテージのような建物に到着した。車があちらから見えないようにやや離れた位置に停車させる。


「んー……! 長い間座ってたから疲れたね」

「体鈍ってないですか? 最近異常空間に入れもしなかったし」

「フフッ、大丈夫。それじゃあ行こうか」

「くれぐれも気をつけて。まずいと思ったら撤退してくれ」


 車を降りて、俺とルカは不気味な廃墟へと近付いていく。入り口には剥がれまくったタイルがあり、まだ客がいた頃の旅館の名残がある。


 入り口から中に入ると、風の音や木々のざわめき……そういった外の音が突然消える。


「入ったな。作戦はどうする? 潜入していくか?」

「いいや。派手にやろう。邪魔するやつが出てきたらぶっ飛ばす!」


 いつになく血の気の多いルカ。苦笑しながらも、俺も同じ気持ちだった。


 ズカズカと軋む床を進んでいく。すると、襖の間から白いローブを身に着けた禿頭の男が顔を覗かせる。


「だ……誰だ? 迷い人かね、君たち」

「俺たちは――」

「私たちはASSIST。そういえばわかるかな?」

「なっ……!? き、貴様らが、聖地を消そうとする罪人の――」


 まだ何かを続けようとしながら、ルカに掴みかかる男。しかし、逆に腕を掴まれる。万力のような力で。


「ぐっ!? いででででででっ!」

「抵抗するなら、全員現行犯逮捕だ!」


 そう言いながら、ルカは思いきり男の体を壁に向かって投げ、叩きつけた。


「ぼうっ!?」


 変な悲鳴を上げ、男は意識を失ったのか、ズルズルと壁から落ちた。この大音量に、何事かとバタバタ走る音が聞こえてくる。


「なっ、何の音だ! 騒がしいぞ!」

「……!? こ、これは!? 同志!」


 憎々しげにこちらを睨む男たち。その足元に、アシストフォースで弾丸を撃ち込む。ボロボロの畳がさらに抉られ、煙を吐く。


「教祖のところまで案内しろ」

「ひっ、ひいぃ……!」


 男たちは哀れなほどに怯え、踵を返す。そのままゆっくり奥まで進んでいく。なかなか素直なようだ。


 というよりは、アシストフォースの力を知っているからこそ敵わないと理解できるのだろうか。



「ASSISTの使徒が来たというのは本当ですか?」

「あ……ああっ! 天使様!」

「天使様だぁ?」


 男たちを案内させていると、その先の木でできた長い廊下に、少し豪華な見た目の白ローブの男が姿を表す。


 背が高く、片目にだけ隈がある。両手を後ろ手に組んで、余裕たっぷりに微笑んでいる。


「下級ではありますが、私の天使の端くれ。迷宮奥義を授かっています。信念もない警察の犬など、この場で始末して差し上げましょう」


 迷宮奥義ってなんだ。……おそらく文脈からするとアシストフォースのことだろうが。


 ス、と両手を前に出す男。その右手は、ない。切断されているようだ。


 その右手の断面が黒く蠢く。触手のようなものが生え、枝分かれし、硬化する。右手が鉤爪のように変化した。


「迷宮奥義、黒銀の手……! 私のもともとの手は神々によって失われ、代わりに自在に変化するこの手を得たのだ!」


 行くぞ! と構えながら走ってくる男。ルカはそれを冷めた目で見つめていた。もちろん俺もそうだ。


「アシストフォース、弾丸発射」


 パン、と乾いた空気音が鳴る。弾丸は男の右手の手首あたりに命中し、硬化した黒い触手はまとめて全て地面に落ちた。


「ひぎゃああああああっ!? わ、わわ、私の黒銀の手がぁぁ!?」

「弱すぎなんだよ。つーか、そんなの普通に武器持ってるのと大して変わらねぇだろ!」

「さ。諦めてさっさと教祖のところに案内しなさい。あなた達もああなりたい?」


 地面に倒れて大袈裟に叫ぶ「天使」を見て、普通の信者である男たちは青ざめながら行進を再開した。

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