第8節 強者優生

「フン。下級天使を1人倒した程度で図に乗ってもらっては困る。

 私は教祖様より天使の位階を得た。見るがいい、我が迷宮奥義――波旬の翼!」


 次に出てきた「天使」は何やら貫禄のある髭を蓄えた武術家めいた男だった。


 両肩から似合わない純白の翼を広げ、激しく飛翔する。


「セイジ君、任せた」

「了解。アシストフォース、弾丸発射!」

「うげぇぇぇぇっ!!」


 派手に羽ばたいている羽を撃ち抜くと、若干血を出しながら地面に落ちてきた。なんの能力だったんだ。飛ぶだけなのか?


「ぐ、ぐうう……き、貴様ら、許さん……! 必ず天罰が下るぞ……」

「それはどうだかわからないが、お前らには公務執行妨害罪が下るぞ。よかったな」


 そうして案内を再開させると、すぐにまた別の天使が現れる。ため息が漏れるな。


「これまでの連中とは違うぞ。私は上級天使の――」

「うるさいししつこい!」


 今度は相手が名乗る間も与えずに、ルカが男を殴り飛ばした。


 相変わらず恐ろしい実力だ。いつの間に距離を詰めたのか俺ですら見えなかった。


 上級天使を名乗った男は天井にまで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。口から血を吐いて気絶していたが、おそらく命に別状はないだろう。



 ……そうして進んでいくうちに、異常空間の姿が大きく変わる。階層が変わったようだ。


 先程までの旅館らしい景色は消え去り、代わりに現れたのはだだっ広い何かの空間だ。


 薄い黄色の壁紙と床、天井。薄暗い蛍光灯があちこちに吊り下がり、カタカタと空調のような音が絶えずどこかから聞こえてくる……。


「オオオオオォォ……!」

「ケエェェェッ」


 その広場には、尋常でない数の異常実体がいた。広いはずの空間が狭く見えるほどひしめき合っている。


「あ……! きょ、教祖様っ!」

「そ、その……この者たちが、急に攻めてきて……!」


 俺たちを案内していた信者たちが怯え、畏まる。その視線の先には、異常実体の中に囲まれるようにして、1人の男が立っていた。


「あいつは……! 大磯サダオ……!」


 他の信者たちと違い、青いローブに身を包んだ男。写真で見たとおりの顔つき。


 ローブの上からでも腹の膨らみがわかる、不健康そうなオヤジだ。


「よく来たね、ASSISTの若者たち。まぁそういきり立たず、話でもしようじゃないか」

「……セイジ君。こいつ……」


 ああ。なにか妙だ。俺は頷きで返す。


 異常実体とは元々、人間への害意しかない存在。手懐けることなどできるはずがない。


 だというのに、これほどの量の異常実体が教祖に襲いかからない。それどころか、俺たちや信者が来てもその場から動かず、ただ吠えているだけだ。


「きょ……教祖様。で、では、私どもは、これで……」

「あぁ、待ちなさい」

「は――?」


 次の瞬間、狼のような異常実体が突然動き出したと思うと、俺たちを案内していた信者のうち1人の喉笛を噛みちぎった。


「ご――ゴボッ……!? ひ、ぐあああっ……!」

「ひいいいぃぃっ!」


「よもや、敵に言われて素直に私のところまで案内するとは。あなた達に神の居城に居る資格はもうありません。さよならですね」

「おっ、お許しを! お許しを、教祖様ぁぁぁっ! うわあああああ!!」


 残る1人も、何やら嘴が尖って長い鳥のような異常実体に啄まれて悲鳴を上げる。その声もだんだん小さくなっていった。


「……っ」

「さて。改めてようこそ、ASSISTの戦士たち。私は君たちを歓迎しますよ」

「あいにく歓迎される覚えはねぇよ。俺らの目的はアンタの逮捕だ」


 言葉を失ってしまっているルカの代わりに俺が目的を告げる。男はわざとらしく困ったようにため息を吐いた。


「やれやれ。一途なのは良いことだが、盲目なのは良くないな。

 いいかね? 私は君たちを正式に、迷宮教の幹部として迎えようかと思っているんだ」


「どうでもいいって言ってるでしょ。イカレた宗教に興味なんてない!」

「――ならば君は、今の警察の待遇で満足なのかね?」


 返す刀で、男はルカにそんなことを言ってきた。……警察の待遇?


「ASSIST。君たちは国側の人間で唯一、この迷宮に適合し、その中で力を使える。とてつもない命の危険に晒され、ついに手に入れた力だ。

 だというのに、警察はロクに君たちを支援せず、金もよこさず、挙げ句に迷宮の存在すら未だに疑っていると聞く」

「……なんで、そこまで」


「疑問には思わないかね? なぜ強い力を持つ君たちがいいように、適当に扱われる?

 そしてなぜ、何の力も持たず、迷宮の生物に容易く食い散らかされるような雑魚が権力を持ち、君たちを支配するのだ?」


「……それは……あの人たちが、勉強とか成果とかを積み上げてきたからで……」

「そんなことは聞いていない。私が言いたいのは、容易く殺してしまえるような連中に従う必要がどこにあるのかということさ」


 教祖の言葉が頭の中に響く。同時に思い浮かぶのは、行く先々で嫌な対応をしてきた警官たちのこと。


 異常空間に踏み入る力もないのに、相手が子供だと見るや威圧的に振る舞ったり、明らかな侮りを見せたり。


 警察の上層部もそうだ。俺たちが迷宮教に狙われているかもしれないという状況でも、何の手も打たずに放置していた。


 今のASSISTを取り巻く環境は、確かに悪い。だが……。


「私はね、ASSISTの諸君。この世にあるべき姿を取り戻したい。強者が生き、強者が弱者を支配する世界。

 人間が忘れた、本来あるべき支配構造を……この迷宮の世界で実現させたいのさ」

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