第9節 現れたものは
「……考えてもみたまえ。人類史上、我々より強い人類はいたか?
モハメド・アリより。宮本武蔵より。呂布より。彼らが人類であるならば、間違いなく私たちのほうが強い。だろう?」
後半は実在すら疑わしいが、まぁ、おおよそそうだろう。
ゲームみたいに呂布がビームを撃てた場合は話が別だが、少なくとも異常空間内においては、プロの格闘家だろうと軍人だろうと俺に勝てないのは間違いない。
「……だがそれが何なんだよ。強いだの弱いだの訳のわからないこと言いやがって」
「いいや、君はわかってるだろう。頭も回るようだしな。
我々は人類史上最強なわけだが、この『強さ』を活かせるのはこの迷宮の中だけだ。
こんなに強いのに、私も現実の世界じゃただの落伍者扱いだぞ。なのに弱い政治家が総理大臣?」
教祖の言葉に怒りの熱がこもり始める。拳を握り、元々機嫌の悪そうな顔つきをさらに歪めていく。
「ふざけるなよ。私は選ばれたんだぞ! この迷宮の、このもう1つの世界の支配者だ!
だったら私が一番偉いべきだろうが。間違っているのは、弱いやつが上に立って、真の強者が足を引っ張られる現実の世界の方だ!」
「――それで? だから現実の人間を攫って、現実の……ASSISTの人間を殺すって?」
ルカは俯いたまま、教祖と同じようにその声に怒りを滲ませた。
「どんなお題目を並べようと、あなた達は人殺しでしょ。
狭い世界で王様ごっこしてればよかったのに、こっちに手を出してきたのはあなた達だよ」
ルカが拳を構えたのを見て、俺も人差し指を伸ばす。ちょうど両手の黒ずみも消えた。アシストフォースはいつでも撃てる。
「……やれやれ。どうやら言葉だけではわからないらしい。
よろしい。では見せてあげよう――私の迷宮奥義。『見えざる首輪』を!」
教祖が両手を上に掲げると、周りに待機していた異常実体たちが一斉に動き出す。
口が異様に大きく開く人間みたいなもの、黒い蜘蛛のような巨体、巨大な目玉にミミズが生えたようなクラゲ。
それらが、ルカの拳でまとめてふっ飛ばされる。
「ふはははっ、見ろ! あの凶悪な怪物どもが皆私に従うのだ。この数、ひとたまりも――おっ?」
「アシストフォース、弾丸発射!」
さらに俺の弾丸が一気に6体の異常実体を貫く。なかなかの威力だ。ここはだいたい3層くらいか?
「ほっ? おっ? ……お、おお?」
「現実じゃダメ人間でも、迷宮の中では支配者? 自分より強いやつに会ったことないってだけだろ」
「くだらないご高説を聞かせてくれたけど。頼みの綱のこいつらがまとめて倒れたあとで、また同じ演説が打てるかな?」
話を聞いている最中は少しだけ揺らがされたが。結局のところ、その主張に正当性なんてない。
格ゲーが強いやつが「世の中の政治は格ゲーの強さで決めるべき」とか言ってるのとレベルはさして変わらない。
現実のものと違う強さをもとに現実をどうこうしようなんて、子供じみた我儘に過ぎないだろう。
そして何より。そういう偉そうなことを言うのは結構だが――
――自分がその限られた世界でも実は弱者だったとして、ソイツは意見を翻さずにいられるのか?
「ひっ、ひぃぃ……! お、お前たち、行け、行け! 何をやっとるこの雑魚共がぁ!?」
異常実体が次から次へと襲いかかってくるが、それ以上のペースで駆逐されていく。
血や、血以外の謎の液体があちこちに散らばり、俺たちの体にもベタベタひっついてくる。汚いな。
「バッ、バケモノ……! 何なんだ、お前たちは!?」
「俺たちは最強のコンビだ。大海を知ったか? カエル野郎!」
肉片と骸を蹴散らして、ようやく教祖に射線が通るようになる。いける。指先を教祖に向け――
「終わりだ!」
「ヒイィィィィィッ……!!」
銃声。
――金属音。
何が起きた――弾丸が弾かれた。
誰に――スーツ姿の男――刀を構えている。こいつは――この、人は――。
「……足柄、さん?」
オールバックの黒髪に鋭い目。眉間に皺を寄せ、刀を握る男。
それは間違いなく、ASSISTの室長。死んだはずの、ルカの親代わりだった――。
「アシストフォース――」
彼は腰を落とし、刀を構える。鞘に収められた刀身が一瞬輝く。
彼が見て、睨んでいるのは俺だ。その刀の射程にいるのも、俺。
圧縮された時間の中で、俺は思い出す。足柄さんが自ら語っていたアシストフォースの能力。
しばらく足を止めることで、どんなものでも斬り裂く斬撃を放つ――
「『次元斬』」
一瞬にして、輝く光の線が空間に走る。俺はイナバウアーのように後ろに反り返って辛うじて斬撃を避けた。
一拍遅れて心臓が激しく鳴り出し、冷や汗が全身に吹き出る。……避けなければ死んでいた。
「あ……足柄、さん?」
「遅いぞ足柄……! あっ、危うく殺されるところだったわ!」
教祖に背を向け、俺たちに相対する足柄さん。
どう見てもそれは本物だ。生きている。死んだってのは嘘か? なんでここにいる? 教祖と知り合い……?
いくつもの疑問が浮かんでくるが、わかることもある。
「そ、そいつらの相手は任せるぞ。私は怪物を補充してこなければ……!」
「…………」
逃げていく教祖を無言で見つめ、油断なくこちらを睨むその姿は。俺たちの「敵」に間違いなかった。
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