第10節 次元斬
「足柄さん……? 足柄さん、だよね? どういう……あ、潜入捜査、とか?」
ルカは混乱した様子で足柄さんに近付いていく。だがその手は再び刀の柄を握った。
「ルカ先輩! だめだ。奴はやる気だぞ」
「なんで!? そんなわけない、足柄さんがこんな……!」
「……いいや、ルカ君。残念ながら私は君の敵だよ」
「……!」
喋りやがった。誰かに洗脳されて、って線をギリギリまで考えていたが、それもないみたいだ。
沈黙が俺たちの間に横たわる。……まずいな。こうしている間にも彼のアシストフォースのチャージが進んでしまう。
「ルカ先輩。教祖が逃げる。……そっち追ってくれ」
「セイジ君……」
「ここは俺が引き受ける。先にアイツを捕まえておいてくれ。あんなんでも、奥には厄介な異常実体がいるかもしれん」
「……わ、わかった」
ルカが奥に向かって走り出す。足柄さんはそれを目で追うが、止めもせず、攻撃もしなかった。
「……助かったよ。できれば彼女は斬りたくなかったからね」
「すると、やっぱり自分の意志で動いてるわけか? 死んだってのもアンタの狂言か?」
「そうだ」
「何のために?」
「……平たく言うと、金のためだ。あんまり大した理由はないよ」
大した理由もなしに公務員やめて宗教に入るやつがいてたまるか。要するに、言いたくないってことだな。
「まぁいい。でもわかってるのか? 異常空間の中で俺と戦う意味が」
「ああ。さすがに私のアシストフォースでは君の能力に勝つのは難しい」
俺はすでに足柄さんに指を向けている。撃とうと思えばいつでも撃てる状態だ。
とはいえ、できるだけ殺したくはない。そもそも人間相手だし、その上相手は知り合いだ。
急所から外れた位置を狙いたいが、弾丸は弾丸。大怪我は覚悟してもらわなければならないだろう。
そうして狙いを定めていると、足柄さんはスーツの内ポケットから何かを取り出し、床に投げた。
「だからこちらも用意している。能力以外の手段を」
「なんだこりゃ。……霧?」
床に投げたのは試験管だ。それが割れて、中から霧か煙のようなものがモクモクと湧き出てくる。
「……違う! 異常実体か!」
「その通り。異常実体、ミストボディ。本来は最奥部にいる異常実体だけど、これは教祖の能力で調伏されている特別品だ」
霧はどんどん形を変え、髑髏のような顔と鋭い鉤爪を備えた。……厄介な相手だ。
「アシストフォース、『次元斬』!」
「うおっと!」
足柄さんはその場から動かずに斬撃を飛ばしてくる。説明通りなら、当たればどこでも切断される代物だ。
霧の異常実体には斬撃が効かないのか、彼の斬撃が体を突き抜けて俺にだけ飛んできてしまう。
飛んでくる斬撃を避けると、ミストボディが俺に攻撃を仕掛けてくる。その鉤爪を狙って撃つと、霧が消し飛ぶ。
「マジで厄介だな」
ミストボディは1発や2発撃った程度ではすぐに体が再構成されてしまう。
解決策はシンプルで、とにかく大量の弾丸を撃ちまくって、体になりうる霧を全部消すことだけだ。
倒すまでに時間がかかるこの異常実体と、30秒ごとに即死級の斬撃を飛ばしてくる足柄さん。
下手に狙わずに撃って足柄さんを問答無用で殺すわけにも行かない。
今はとにかく、耐久戦だ。霧と斬撃を避け続けながら、異常実体を少しずつ削っていく。
「アシストフォース――弾丸発射」
「アシストフォース――次元斬!」
あぁ、クソ。なんで身内同士で戦わなきゃいけないんだ……!
■
「……次元斬!」
再び飛んできた次元斬を屈んで避ける。
いつの間にかずいぶん小さくなったミストボディに、最後の弾丸を撃ち込む。
すると、ようやく奴は体を保てなくなり、完全に消えていった。
「終わりだ、足柄さん。降伏しろ」
援護する異常実体はいなくなった。次元斬も今撃ったところだ。
次に撃つまでにはまた30秒かかる。それまでに足を撃ち抜くのは簡単だ。
「10秒以内に刀を捨てろ。さもなきゃ足を吹っ飛ばす」
彼はじっとこちらを見つめてくる。その瞬間――なにか違和感が頭をよぎる。
「早くしろ! 10秒、9、8――」
気になるのは、そうだ。足柄さんが最初に現れたとき。
彼の説明では、次元斬は足を止めて30秒待たなければならない能力だったはず。
「7、6……5! 4! 3!」
だが彼が現れたとき。つまり、俺たちの前まで移動してきた――その直後に、牽制のように俺に次元斬を撃ってきたはずだ。
おかしくないか? 足を止めなければならないという制約はどうなった。まさか……アレは嘘の説明だったのか?
――だとすれば。30秒という時間設定が本当だとなぜ言える――
「2、1――」
「『次元斬』」
刀が抜かれ、白い光が煌めく。恐ろしい風圧が身体を叩く。
ゾリ、と体の中で音がして、俺は仰向けに床に倒れる。転んだのか、と思ったが――目の前に、俺の下半身らしきものが立っていた。
「あ――あ?」
恐る恐る、自分の体を見下ろす。……腰から下が、ない。血溜まりができている。
恐怖や痛みで叫び声が出そうになるが、声すらも出ない。真っ二つにされた体から、どんどん血が抜けていくのがわかる。
「いつかこういう時も来るかと思ってね。私は本当の能力を誰かに教えたことはない」
「か――がっ……」
「すまない、セイジ君。……本当に……本当に、すまない」
意識が、急速にぼやけていく。
「それと……ルカと仲良くしてくれてありがとう……」
スーツ姿が遠のいていく。歩き去っていくのが辛うじて見える。
彼の言葉の真意はわからない。寒い。死が近付いてきているのがはっきりとわかる。
――しかし。
そのとき俺の意識は、ある1つのことに囚われていた――。
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