第6節 落涙
「花火? 他の奴らは?」
「みんな疲れて寝ちゃったみたい。ゴロウ君は起きてたけど、なんか用事があるんだって」
「そ……そうなんすか」
「でもせっかく買ったんだから、これはやっとかないとと思ってね!」
ルカが俺のすぐ隣に腰を下ろす。相変わらず妙に距離が近い。
「セイジ君、ライターとか持ってない?」
「持ってないですよ。学生が持ってることあんまないでしょ」
「そっか。セイジ君、タバコとか吸ってそうだから持ってるかと」
「どんなイメージなんだ……」
タバコなんて百害あって一利なしだろう。ましてや学生の頃から吸うなんて考えられない。
「でも大丈夫! ちゃんと持ってきています!」
シュボッ、とルカの手の中で火がつく。一般的なオイルライターだ。
夜の真っ暗だった海に微かな明かりが揺れる。それが花火の紙に引火すると、バチバチと勢いよく火花を放ち始めた。
「うおー! すごい出る!」
「花火にそんな感想あります?」
ひゃー、と楽しげに騒ぎながらルカは夜の海に花火の火を落としていく。暗かったはずの夜の海に光が放たれていく。
「ルカ先輩」
「なにー?」
「なんだか無理してないてすか?」
「無理? 全然してないよ」
ルカは再び別の花火に火をつける。今度はしばらく手前側に火花を出したと思うと、勢い良く海に向かって飛んでいった。ロケット花火だ。
「足柄さんのこと。辛かったんじゃないんですか」
「……君、すごい直接的に来るねぇ」
「いや、まぁ……すいません。うまい言い方も思いつかなかったんで……」
んー、とルカは空を見上げる。地上に光がないからか、ここからは星がよく見えた。
「……どうなんだろ。正直、実感がないっていうか。死んだって言われても、信じられないような気がしてさ」
「ルカ先輩と足柄さん、長い付き合いだったんですか?」
「うん。かなり長かったよ。私がASSISTに入ったのは小学生の頃だったんだけど……その時から7年くらい、一緒に仕事をしたりしてね」
……7年。俺たちのような子供にとって、その時間は莫大だ。
「私ね。親がいなかったから……ほとんど、足柄さんが私の親みたいなものだったんだ」
「親が……」
「学生チームもね。元々は私が勉強で困らないように、って足柄さんが作った場所だったんだよ」
聞けば聞くほど、足柄さんという人物はルカにとって大きな人だ。まるで本当の親のように。
……そうなると。今回、ルカはあの宗教に親を殺されたようなものじゃないのか。
辛くないはずがない。平気なはずがない。俺は、彼女の肩を抱き寄せる。
「わっ! 何なに」
「辛かったら……言ってください。もっと俺を頼ってくださいよ。……相棒、なんでしょ」
「……あははっ! 何それ」
ルカは困ったように笑うが、俺の手を振り払いはしなかった。そのまま、俺の肩に頭を乗せてくる。
「ホントにいいのかな。私が、弱音なんて吐いて」
「いいに決まってますよ! 俺は、先輩のこともっと知りたいし、わかりたいですから」
……我ながら何言ってんだ。偉そうなことを言ってしまった。だけど本心だ。
いつでも強くて明るくて、笑顔を崩さないルカ。その裏に何かを隠しているのなら。無理をしているのなら、その肩の荷を少しでも背負いたい。
それほどまでに、俺の中で彼女の存在は大きくなっていたのだ。
「……悲しい。すごく、悲しいよ」
「……!」
「あんなにいい人だった足柄さんがどうして、って。許せない気持ちになるよ」
ずび、と鼻を啜るルカ。おもむろに立ち上がると、ガサガサと花火の袋を漁る。
連発式の打ち上げ花火。それに火を点ける彼女の横顔は、すでに涙で濡れていた。
花火の筒から伸びた紐を、火が伝っていく。そして――
「―――――――――……!!」
ドパン、ドパンと大きな音を立てて花火が爆ぜる。空中に、赤や緑の花が咲く。
その音を隠れ蓑にして、ルカは大きな声を上げて泣いていた。
あふれる涙を手で拭う。何度も花火が打ち上がる。俺はそれを、ただ黙って見ていた。
■
「……ありがとね、セイジ君。なんか、ちょっとスッキリしたかも」
ルカはいくらか落ち着いて、再び俺の隣に座った。その目は赤く泣き腫らしている。反して、表情は少しだけ明るかった。
「おかげで覚悟が決まったよ。……迷宮教、とかいう人たち。絶対……絶対捕まえようね」
「はい。……絶対」
風が吹いてきて、俺は少し身震いする。いくら夏だからといって、夜に薄着で外にいすぎたかもしれない。
「そろそろ戻りましょうか。体冷えますよ」
「えー! やだ。まだ目腫れてるし、花火も残ってるし。全部使ってからにしようよ」
「しょうがないな……さっさと使い切りましょう」
「じゃ、ここらへんのやつ一斉点火してみる?」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて、ルカは何本も花火を掴み火を点ける。大量の線香花火が一斉に火を放つ。風情のかけらもない!
「ちょっと、危ないですよ! 熱っ!」
「あははははは! ほら、セイジ君も花火やりなよ!」
夏の夜は、焦げ臭い花火の匂いとともに明けていった。
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