第2節 12月24日11時①
突然のセイジのデート申し込みから、あっという間に時間が過ぎていった。
……デート……デートって何。どういうこと!? しかもクリスマスデートって!?
落ち着け、ルカ。いったん落ち着こう。
私は、記憶を失っている。しかしその記憶は他ならぬセイジが持っていた。
ところが、セイジは私に私の正体を明かしたくないらしい。知れば必ず不幸になるから、と。
それでも記憶を取り戻したいと主張する私に対し、セイジは「記憶がなくても幸せにはなれるはずだ」とデートを提案……。
「……なんでデート!」
「いつまで言ってんだよ……。もう当日だぞ」
そう。訳のわからないまま2日経ってしまい、今は12月24日の朝。
世間のクリスマスムードは最高潮で、テレビからはクリスマスソングばかり流れてくる。
朝のニュースは「クリスマスイブの今日はお天気もよく、お出かけ日和です!」なんてアナウンサーが言っていた。
実際、窓の外に見える空は晴れている。季節的に青空とまではいかないが、白くて晴れた空だ。
「よし。そろそろ行くぞ」
「こ、こんな朝早くから? っていうか、どこに行くの?」
「秘密だ」
私はいそいそとコートを着て、全身鏡(家になかったので買った)でその姿を見る。
藍色のロングコートに、チェック柄のベージュ色のマフラー。……うん。普通だ。普通だよね? それを確認して、セイジの後についていく。
彼の歩みはいつも通りの、ほんの少しだけ歩幅を緩めてくれる歩き方。緊張も何もしていないかのようだ。
何なに。意識してるの私だけ!? もしかするとセイジにとって、「デート」という言葉にそこまでの意味はないのかもしれない。
それからマンションの入り口まで降りると、そこには黒塗りの車が停めてあった。何だろう。誰かの車かな?
「お待ちしておりました。2名でご利用の神凪様ですね」
「あー、はい。よろしく頼みます」
セイジは中から出てきた運転手に軽く会釈する。釣られて私も頭を下げる。なんか高級そうなスーツを着た美人女性だ。
平気そうに車に乗り込んだセイジ。私はよくわからない高そうな内装の車に、カチコチになりながら座る。
「何なに……! 何この車? 高級タクシー!?」
「そう言うとなんかショボく聞こえるが、まぁ正解だよ。ハイヤーだ。せっかくだしいろいろ高級なデートにでもしようかと思ってな」
「成り上がりみたいな発想〜……!」
「お前なぁ。お前が常々金使えって言ってたんだろうが」
呆れ顔のセイジ。ハイヤーの車の中は広く、私とセイジの座席の間には小さな籠が固定され置かれている。
籠の中身は個包装されたクッキーとか和菓子だった。スーパーで安く買えるようなものじゃなく、なんか高級そうなやつ。
隣には小さなゴミ箱もある。移動中好きに食べてね、ということらしい。
車が走り出す。どこに行くのか、なんてものは道の記憶が何もない私にわかるわけもなく。
お菓子をちょくちょくつまみながら、道路上の車が増えたり減ったりするのをぼんやり眺めた。
「ねぇセイジ。もし――」
――もし。全部終わったあと、このデートが幸せじゃなかったって言ったらどうするの?
そんなことを尋ねようとして、言葉を止めた。それはなんというか、失礼だし無粋だろう。
記憶がなくても幸せになれるのかどうか。どこか哲学的なそんな問い。
その答えがどちらに転ぶのかは、私自身もまだわからない。
■
それからしばらく道路が広い道をしばらく走ってたと思ったら、遠くに大きな観覧車が見え始めた。
その街の景色には微かに見覚えがあった。今の私に見覚えがあるってことは、ここ最近行った場所なんだろう。ええと、確か……。
「……横浜?」
「あぁ。割と近いし、クリスマスイベントも多いみたいだしな」
どこか近未来的な街並みが広がっている横浜の駅。そこからさらに走ると、大きな観覧車が見え始めて、そこで車が停まった。
「どうも。さ、降りるぞルカ」
「ここは……?」
「遊園地だ」
ゴーッ、とジェットコースターが走る音が上から聞こえてくる。
入り口のカラフルな看板を通り抜けると、それなりの人混みがあった。
「おぉー! 楽しそう! 混み過ぎじゃない感じもいいね!」
大人気遊園地、というわけではないようで、普通に歩くくらいはできそうだ。クリスマスとはいえ平日なためか、大学生くらいの若いグループが多い。
とりあえず見える範囲には、水に突っ込むっぽいコースター、それとは別のジェットコースター、そして巨大観覧車。
手前側にはやや広めな通路があって、アトラクションを兼ねたゲームの屋台みたいなのが並んでいる。
が、セイジは数歩足を踏み入れると、その場で固まってしまった。
「……セイジ? どしたの、行かないの?」
「あ、あぁ。……そうだな」
セイジは顎に手を当て、唸りつつ辺りを見回す。背が高いからか人混みの中でもはっきりと彼の姿が見えた。
「……どこ行きゃいいんだ?」
「入り口で道に迷うな!」
私は彼の手を掴んで、とりあえず屋台コーナーに向かうことにした。
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