第1節 私の幸せ②
「なら前提を変えよう。たとえ不幸に……じゃない。知ればお前は確実に不幸になる。それでも知りたいのか」
セイジは真っ直ぐに私の目を見てくる。
……確実に不幸に? 心臓がざわつく。脳の奥が痺れたような感じがしてきて喉が渇いてくる。
「確実に、って。そんなこと……!」
「白状するが、俺はお前のことを知ってる。ずっと前から。
お前の家族も、これまでどこにいたのかも。どうして記憶をなくしていたのかも。
その上で断言するぞ。お前は、記憶を取り戻したところで、幸せにはなれねぇ」
セイジの言葉が形を持って、体のあちこちに突き刺さってくるかのようだった。
その前置きは、私がどんな存在であったのかを雄弁に語っている。少なくとも好ましい存在じゃなかったんだろう。
だけど……幸せ。私の幸せ。他人にそれが本当にわかるのだろうか。
何を幸せとして不幸とするかは、人それぞれのはずだ。少なくとも、記憶のない不安を抱えた今が幸せだとは思えない。
「考えてもみろよ。俺たち人間は何のために生きてる?
使命だの、やりたいことだの、夢を叶えたいだの、誰かのためにだの……色々あるだろうが、全部自分が幸せになるためだろ?」
「……うん。それは、否定しないよ」
ボランティアみたいないわゆる慈善事業も、結局は他人を幸せにすることで自分が幸せになりたいからやることだ。
本当に何の幸福感も得られないのに行動する人間なんていない。
「俺はお前を不幸にしたくない。だからお前が何者かは言わない」
「そんな……」
「記憶を取り戻す。それ以外の協力は何でもしてやる。何だかんだ、無駄に貯めてる金もあるしな。世界一周旅行が100回はできるぜ」
「…………」
「思えば食う機会もなかなか無かったが……旨いモンでも食いに行くのもありだな。寿司とか……フランス料理とかか?」
当然のことながら、セイジのそんな提案は私の心を虚しく通り過ぎるばかりだ。
それは彼自身もわかっているのだろう。夢のような話を語りながらも、具体的にどこに行くかなんて言わないし、疲れたような笑みを顔に貼り付けるばかりだ。
「私とセイジは、知り合いだったの?」
「……ああ」
セイジの表情が悲しげに曇る。見ていられない顔だ。
「だったら。なおさら思い出してほしいんじゃないの? あなたのことも忘れてるんだよ、私は!」
「それよりもお前の幸せのほうが大事だ」
彼は顔を上げ、キッパリと言い放つ。私は何も返すことはできなかった。
その言葉にきっと偽りはないのだ。だからこそ彼はダンジョンで見つけた私を不器用ながらも保護し、現代の常識を教え、今まで導いてきたんだろう。
だけど、その思いを知れば知るほどに記憶を取り戻さなければならないという使命感が強くなっていく。私は首を横に振った。
「……やっぱり、ダメだよセイジ。私は、あなたのことを思い出したいよ。
私、セイジとの思い出……まだ1週間くらいしかないんだよ。本当はもっと、何年分もあるかもしれないのに」
「……そうだな」
「この1週間だけでも、私は……セイジのこと、すごくいい人だって思った。あなたの過去をもっと知りたい。私との本当の関係を!
そういう大事なものが欠けたままで……幸せになんてなれないよ」
「……そうか」
いつの間にか夕食を食べ終えていたセイジは箸を置く。対する私はほとんど食べていない。
ご飯は茶碗半分くらい残っている。彼はそのまま席を立つ。
「…………」
「……セイジ?」
背を向けた彼がピタリとその場で立ち止まる。空気が停滞し、心臓が嫌な動き方をする。
「――試してみようぜ」
「え? 試すって、何を?」
「本当に記憶がなくちゃ幸せになれないのかどうかだ」
「……どうやって?」
「明後日はさ。クリスマスイブだろ」
私は少し首を回して、食卓から見える壁掛けカレンダーを見る。
電子式のカレンダーで、今日の日付とともに12月の曜日が一覧されている。今日は、22日。……もう年末も近いみたいだ。
「24日――俺とデートしよう」
「…………」
「……えっ!?」
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