第1部4章 最後の聖夜
第1節 私の幸せ①
家に帰ってから私たちは気まずい沈黙に包まれながら食卓を囲んでいた。
温かい米に温かい味噌汁、なんかの魚の煮付け……。いつもの栄養バランスがとても良い宅配の食事。
美味しいはずだけど味はしない。なんと言ったらいいのかわからない。
変な人についてってゴメン、と謝りたくもあるけど、それ以上に私もモヤモヤしていることが多すぎるのだ。
どうして新藤は私をブライトと呼んだのか?
どうしてセイジはあのダンジョンに現れることができたのか?
あいにく私は夢見る少女じゃないので、あのピンチにセイジが出現したことを「白馬の王子様だから」で終わりにしたくない。
何らかの手段で私を監視してた、と考えるのが自然だろう。
加えてダンジョンで不自然に新藤の言葉を打ち切ったのも、考えてみれば怪しい。
彼が私について話そうとしたのを、セイジは「意識喪失弾」なんて明らかに口封じのための弾で妨害したのだ。
これらの情報、そしてこれまでの情報の数々を照らし合わせる。
疑惑だったものは、私の中でほとんど確信に変わっていた。
「……ねぇ、セイジ」
「どうした?」
「セイジはさ。……私のこと、本当は知ってるんじゃないの?」
一気に食卓が重苦しい空気で包まれる。カタン。味噌汁の器を置く音がやけに大きく響いた。
「……いや。知らねえよ」
「あの人は……私をブライトって呼んだんだ。ブライト……迷宮教の教祖の名前だよね?」
あの映像に一瞬映っていた、中性的な声の人物。
後ろ姿を映像で見ただけだが、映っていたアレが私じゃない、と断言することはできない。
なぜならあの映像が撮影されたのは、今からだいたい3週間前。
私が記憶喪失で目覚めたのは1週間と少し前。記憶を失う前の私が映像にいても矛盾はしていないのだ。
「……ブライトによる信者の虐殺は日本全国で行われたと推測していいはずだ。
おそらく、アイツはブライトによるダンジョン封鎖とモンスターによる襲撃を生き延びて、ダンジョンを解体した数少ない迷宮教の生き残りだ。
壮絶な経験で錯乱してたんだろ。適当な人間をブライトだと思っちまうのさ」
「そ、そんなわけ……! ……ない……こともない、かもしれないけど」
まるで予め考えてあったかのような、それらしい言い訳につまずいてしまう。
「……じゃあ質問を変えるね。なんでさっき、あんな場所にいたの? 私の居場所をどうして知ってたの?」
「お前に銃を渡してたろ? ありゃ置き忘れとか防止のためにGPSを入れてるんだ。その反応がダンジョン付近で途切れたから、緊急事態を察したのさ」
……だめだ。どんどん疑いの種を消されていってしまう。
それとも私が間違ってるんだろうか?
助けてくれたセイジを疑うなんておかしいのかな?
私も焦って疲れてるだけなのかもしれない。疑念が霧散して、代わりに疲れが押し寄せてくる。
「まぁ、目を離して悪かった。今日は疲れたろうから、明日のダンジョンは休みでいいぞ。ただ、変な奴に着いていくのはこれで懲りろよ」
「……セイジ」
「あー、あと小遣いについてだが……とりあえず、ダンジョン攻略1回付き合うごとに5千円くらいで――」
「聞いて、セイジ」
私が重ねて言うと、ようやく彼は言葉を止めた。……やっぱり、煙に巻こうとしている。
何かを誤魔化そうとしている。口数が多すぎるし。あとは……勘だ。
「お願いセイジ。私は記憶を取り戻したいの。……私は、何者なの?」
「…………」
セイジは長い鼻息を吐いた。眉が上がったり下がったりする。
何かをいろいろと考えているようだった。それから、パッと両手を挙げる。
「わかったよ、降参だ。確かに俺はお前の……ルカのことを知ってた」
「ルカって名前も……もしかして本名なの?」
「ああ、そうだ。なぁ、覚えてるか?
お前、たとえ不幸になっても記憶を取り戻したいと言ってたよな」
私は頷く。その言葉は私の本心であり、今も変わらない本音だ。
私の正体が虐殺者の教祖でも、他の何かでも……私は知りたい。
「なら前提を変えよう。たとえ不幸に……じゃない。知ればお前は確実に不幸になる。それでも知りたいのか」
――――。
確実に、不幸になる。
その重く鋭い言葉が、私の胸にのしかかってきた。
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