第2節 ダンジョン突入

『……国会議事堂を中心としたダンジョンは、現象の発生から一定の間隔で拡大し続けております!

 また、すでにカメラで確認されただけで10名ほどのダンジョン解体人の方が突入されたようですが、拡大は止まっておりません!』


 車の助手席でテレビの生中継を確認する。どうやらヘリコプターから現地の中継をしているようだ。


 拡大のスピードはそこまで速くはない。だが、拡大し続けている。


 パッと見、だいたいの拡大速度は時速10キロくらいか?


 異常空間特有の、内部が伺えないモザイクのような壁が、それなりの速度で街を飲み込んでいく。


「アレが時速10キロで拡大してるとすると……だいたい今から8時間半後に日本全体を覆う計算になる」

「セイジさん、計算早すぎません?」

「で、地球全体を覆うようになるには50時間くらいか? それがタイムリミットってとこだな」


 対向車線は渋滞が起きており、あちこちでクラクションが鳴っていた。


 ただでさえ混んでいる東京の道路がさらにひどい混み方だ。GWの帰省ラッシュ並だな。


 とにかく早く国会議事堂から逃げようとしている車だろう。何年経っても、津波から車で逃げようとする人間は減らないらしいな。


 反対に、国会議事堂に向かっている車なんてのは俺たちくらいのものだ。とんだ命知らずか、世間知らずに見えているだろう。


「ある程度まで接近したら降ろしてくれ。あとは歩きで向かう」

「了解です。うまく離脱できれば幸運ですけどね」

「車で離脱はムリだな。乗り捨てて走ったほうがいいぞ」

「ですよね……。肉離れとか起こさないといいなぁ」


 マイペースにため息を吐くキョウヤに思わず苦笑する。いつでもペースを保っていられるのはいいことだ。


 車はますます減り、道路が広くなってビルが増えていく。国会議事堂が近い。


「よし。そろそろいいだろ。降ろしてくれ」


 黒塗りの車を降りると、歩道はパニックになっている。俺の歩く方向と逆に、我先にと人々が走る。


 走ればなんとか追いつかれない程度の拡大速度がこのパニックを生み出していた。人の波に飲まれないように、注意しながら進む。


 叫び声や怒鳴り声に混じって、頭上からはヘリコプターのローター音が行き交っていた。


「……つーか、俺をヘリに乗せてくれよ」


 愚痴を吐きながら進むと、やがていよいよ人がいなくなる。となると、もう近い。


 ――次の瞬間。視界の右側にあったビルの輪郭が揺らいだ。


「! 来たか!」


 瞬く間に、10階建てのビルのすべてがモザイクのような膜に覆われた。


 その壁は膨張し、こちらへと迫ってくる。音もなく、視界のすべてを覆い接近し――俺を飲み込んだ。


「……っ」


 目を開くと、景色は一変していた。高さ10メートルはあろうかという天井。


 そこから、黒い枝を集めたようなオブジェが均等に吊り下がっていた。


 多角形の広場は、東京ドーム並にデカイように見える。床には新品のタイルがびっしり並んでいて、中央には塔のようなものが配置されている。


 ニュースで聞いた限り、すでにそこそこの人数の解体人がダンジョンに入り込んでいるはずだが、その姿は辺りには見えなかった。


「――やぁ。よく来てくれたね」

「っ!」


 背後からの声を聞き、咄嗟に振り向く。


 そこには、黒い修道服――あるいは魔王の衣装めいたものを着た、彼女がいた。


 無駄に多い布地がヒラヒラと揺れる。緑色の瞳と髪。不敵な表情を浮かべた少女。――胴枯、ルカ。


「早めに来てくれてよかったよ。君とは改めて話がしたかったからね……セイジ君」

「……ブライト」


 俺が彼女をそう呼んだのは、あくまで今の俺にとって、彼女は敵に過ぎないのだと意思表示をするためだ。


 同時にそれは、俺自身を説得することでもあった。敵。敵なんだ、今のルカは。


「わざわざこんなところで出迎えてくれるとはな」


 俺は指で銃の形を作り、ブライトに向ける。いつでも撃てる状態だ。


「わかってんのか? 俺はお前の能力を全部知ってるんだぞ。5階層まで辿り着かなきゃ、能力が発動しないことも」

「おやおや。話もせずにもう戦う気かい?」

「お前がその気ならな。……ていうか、何だその喋り方は」

「教祖暮らしがすっかり板についてしまってね。昔どんなふうに喋ってたか忘れてしまったんだよ。まぁ、あんまり気にしないでくれ」


 ハッ、と笑い飛ばす。指先に光が生まれ、旋回し始めた。


「今すぐ、この異常空間を消せ。異常空間の拡大もやめろ」

「できない、と言ったら?」

「……お前を撃つ」


 ブライトは俺の言葉を聞き、挑発的にニヤリと笑った。


「なら、『できない』」

「……アシストフォース。ハンドガン!」


 俺は指先を彼女の足に向け直し、弾を撃った。広い空間に、発砲音がこだました――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る