第3部1章 大変革大迷宮
第1節 大晦日
「……と、まぁ。こんな感じでな」
『セイジさん。……すっごい話長かったですよ』
長話を聞かせていたキョウヤから苦言が漏れる。そりゃそうかもしれん。
話がだいぶ長引いてしまい、「目的地に着くまで車の中で話す」と言っていたのに、とっくに目的地に着いてしまったくらいだからな。
『電話でまで話すことになるとは思いませんでした。まぁ、俺も聞きたかったからいいですけど』
「……それで、ここはどこだったっけ?」
話に夢中で、俺は自分がどこにいるかもいまいちわかっていない状態だ。大きなベッドに大きな窓、あとは小さめの机。整った部屋の見た目だ。
『ホテルですよ』
「ホテル? なんでホテル?」
『そこがあなたの軟禁場所です。食事とかの面倒はこっちで見るので、ほしいものがあったら言ってください』
「お偉方を脅した犯人にしちゃスゲー高待遇じゃないか?」
電話越しに俺もキョウヤも苦笑した。ホテル暮らしは軟禁と呼べるのか?
確かに外には出られないのかもしれないが、元々外に出ないといけない趣味もないしな。
『彼らも面子があるから偉そうにしていますが、実際のところセイジさんには逆らえないですからね。本気で機嫌を損ねさせたり、殺したりはできないんですよ』
「いじらしいジジイどもだなあ」
反吐が出そうな気分だが、まぁ許してやろう。20年前のことに直接関わっている人間があの中にいるわけでもないしな。
「それで? いつまで押し込めとくつもりだ?」
『当分……とは言ってましたけど。でも、ルカさん……じゃなくて、ブライトは言ってたんですよね? 大晦日に再度の『大変革』を実行するって』
「あぁ。そのつもりみたいだな」
『もし『大変革』が起きたら、止められるのはセイジさんだけだ。実際には、それまでの軟禁でしょうね』
「ふん。紅白歌合戦はお預けか」
『あなた紅白なんか見ないでしょ』
バレたか。実はキョウヤも、何年もの間俺に趣味を探せと言ってきた男だ。
俺の無趣味ぶりと仕事人間ぶりはよく伝わっている。なんとかしろと言ってきたのは、実はルカが2人目だ。
『……セイジさん』
「なんだ?」
『もしブライトが『大変革』を起こしたとして。セイジさんはどうするんですか? ……彼女の側に、付くんですか?』
「…………」
深く長い息が漏れる。
「……いいや。ルカ先輩がいなくなってから1年くらいはそう考えてたけどな。今はもう違う。はっきり確信したんだ。ルカは、止めて欲しがってるんだってな」
『それは、どういう?』
俺の目の前に現れた、幼い姿のルカ。アレは、彼女自身の迷いの象徴だ。
ブライト自身も語っていた。『大変革』が正しいものなのかどうかを天に問いたいのだと。
「ルカは『大変革』をやるかどうか迷っていた。その判断を俺と、偶然とに委ねたんだ。
本当にやりたいことなんだったらそんなことしないだろ。今更止まることはできないけど、本当は止まりたいんだよ。
……たとえ、殺されてでもな」
俺が通りがかったとき、もし彼女を無視していたら。ルカは異常実体に殺されていただろう。
あの進藤とかいう信者に襲われたときもそうだ。俺が助けなければ彼女は死んでいた。
つまりあの一連の記憶喪失中に、もし自分が死んでも構わないつもりでいたんだろう。
『やりたくないことなら、やらなきゃいいと思うんですけどね』
「同感だよ。けど、もう理屈じゃないのかもな。何しろ20年だ。20年もやってきたことを、無意味だったって捨てられる人間なんてそういないだろ?」
『……とにかく、それを聞けてよかったです。セイジさんまで敵になったらもう世界は終わりですからね』
「その時はお前も戦えよ。アシストフォース、たまには使ってるか?」
『いいえ、全然。ダンジョンに潜ったのも数年前が最後です』
「やれやれだな。使っとけよ。もし俺が負けたら、世界中がダンジョンになるんだから」
軽口を叩く。とはいえ実際の問題として、俺はルカに勝てるのだろうか。
俺とルカのアシストフォースには、共通要素がある。つまり、「何でもできる」ということだ。
この20年、結局俺達よりも強力な能力は一度も見たことがない。現代最強は俺とルカで変わりないだろう。
とはいえ、あくまで弾丸の形に収めなければならない俺と違って、ルカの能力はほぼ制限なしだ。
それがどう明暗を分けるか。そして、何より――
『勝ってくださいよ、セイジさん』
「……はは。できるだけ、な」
何より。俺が勝つということは、ルカが負けるということ。
……無事に、お互い無傷で戦いを終わらせる自信はない。勝ったとしても、殺してしまうかもしれない。
果たして俺にその覚悟はあるのか? クリスマスの夜に、あいつを止められなかった俺に。
■
そうして答えも決意もないままに、あっという間に一週間が過ぎていく。
テレビCMからはクリスマスソングが消え、代わりに年末年始のCMが増え始めた。
31日。大晦日。……運命の日だ。
朝からどうにも落ち着かずに何度も携帯を見る。すると、それは俺の手で震えだした。
「もしもし」
『セ……セイジさん! あなたの軟禁状態が解かれました!』
切羽詰まったキョウヤの声が電話口で聞こえる。同時に、ピロンピロンとテレビが鳴った。
『速報です! ただいま入った情報によりますと、先ごろ16時54分、国会議事堂においてダンジョンが発生したとのことです!
また、そのダンジョンの外壁は時間とともに少しずつ巨大化していっており、多くの人を飲み込んでいる模様! このような現象が確認されたのは、ダンジョン発生以降初のことです!
皆さん、国会議事堂からできるだけ離れて、速やかな移動をお願いいたします!』
「……だいたい状況はわかったぜ。車はあるか?」
『ホテルの下に停めてます! 降りてきてください!』
急いでコートを羽織り、ホテルのドアを開ける。さっきまで施錠されていたが、今は難なく開いた。
……始まったんだな、ルカ。
俺とお前の、最後の戦いのときが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます