第3節 新世界秩序
弾丸が放たれる音が鳴り響いた。致命傷にはならない足を狙ったつもりだが――
「うーん、残念だったね」
「チッ……実体じゃないのか」
弾丸はあっさりとブライトの足をすり抜け、地面を撃ち抜いた。人差し指の第2関節までが黒くなる。
どうやら目の前のこのブライトは本物ではない。ホログラムのようなものだ。
「ダンジョンが拡大してるってことは、私の能力が発動済みということだ。
私の能力が発動済みなら当然、これくらいはできるさ。いまさら丸腰で君の前に現れたりはしないよ」
「……だったら何のために出てきた? 今さら何を話すことがあるんだ?」
「君には伝えてなかったよね。私の、本当の目的を」
……目的。ブライトが世界中を異常空間で覆おうとする目的か。
ルカが最初に『大変革』を起こした理由は、半ば自暴自棄。
現実に戻っても警察に追われることになるだけだという絶望から、アレをやらかしたはずだ。
だがたしかに、どうして改めて『大変革』を起こしなおす必要があるのかは考えたことがなかった。本気で迷宮教の考えに染まってしまったのかとも思ったが。
「私はね。この世界に新しい秩序を築きたいんだ」
「……新しい……秩序?」
「この現実の世界には、正しい秩序が敷かれていない。正しい人は搾取され、弱い者が上に立つ。
素晴らしい才能や力を持っていても、それが腐り消えていくばかり。つまらない偶然で人が死ぬこともある。
なぜならこの世界は制御されていないからだ。皆を正しく制御し、管理してくれる存在がいない。この世の悲劇はすべてこれに起因する」
「……そりゃ否定はしないがな。だがこの世はそんなもんだろ? それとこの異常空間になんの関係がある」
「私は、ダンジョンの中ならすべてを支配し制御できる。偶然も、運命でさえも。
……少なくともこの世界でなら。君が、ただの狂った信者なんかに殺されかけることもないんだよ。セイジ君」
「……!」
狂った、信者? なんの話だ――と記憶を辿り、すぐに理解した。
かつての迷宮教本部を解体したあの日。俺たちは残っていた信者たちに現実で襲われ、殺されかけたんだった。
「君だけじゃない。全ての人間が、偶然や不運による死を免れるんだ。
当然、報われるのは善行だけじゃない。新たな世界では――あの教祖や、田原さん、理不尽を敷く官僚たち――彼らは粛清される」
「……粛清? 要は良い奴は救って悪い奴は殺すって?」
「その通り」
「その善悪を誰が判断する? お前が全世界の良い悪いを全部判断するのか?」
「そうだ。この世の全ての人間の行いを裁き、そして救う。私が」
乾いた笑いが口の中に漏れ、すぐに笑っている場合じゃなくなる。
世界のすべての善悪を、たった1人の人間が判断し、それを元に世界を運営する?
「できるわけがねぇだろ! ……いや、できたとしてもだ! 何の権利があってそんなことをする? 神にでもなったつもりか!」
「そうだ。なるんだよ、これから。私は神になる」
「何を馬鹿な……」
「そう言って人は、いつまでも神にならずにいた。理不尽や不幸を見過ごして、『それが普通だ』なんて言って自分たちを慰め続けてきた!
私はこの力を使えば、神になれるんだよ。誰も苦しむことのない、幸せな世界を作れるんだ!」
「そりゃそうだろうな。お前が認めた人間以外は誰も生きていられない世界だ。生き残った奴ら『だけ』は幸せだろうよ!
独善的な神なんて暴君と何も変わらない。そんなだったらいない方がマシだ!」
「独善であろうとも、神のいない世界よりはよほど良い!」
俺とブライトの主張は平行線だった。神が不在が故に、不幸も理不尽もある世界か?
それとも確固とした「神の意志」が存在するが故に、何もかも「神」の思惑通りに動かされ意に反する者は生きていけない世界か?
どちらが絶対に良い、なんて答えを出すことはできないだろう。ただし変化は不可逆だ。
「……俺は、お前を止める。お前が何もかも決める世界なんて認められない」
「そうか。それは残念だね」
そう言ってブライトは、広場の中心の塔を指さした。その表面に扉が浮かび上がる。
「新たな世界の秩序を受け入れることなく……どうしても私を止めたいのなら、このダンジョンを解体しに来るといい」
言われなくても、と俺は塔へと歩いていく。ブライトは本当に話をしたいだけだったのか、妨害を仕掛けては来なかった。
「しかし、覚悟しておくといい。セイジ君」
俺の背後で、冷たい声が響く。
「君もまた、試されなければならない。私と同じように――」
「…………」
同じように、だと? 一体なんの話だ。
塔の表面に浮かび上がった引き戸を掴み、開ける。その奥から光が迸った。……第2階層の、始まりだ。
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