第4節 ボスラッシュ①

 光と共に足を踏み入れた第2階層。そこは巨大な駐車場のような空間になっていた。


「第2階層にようこそ、セイジ君」

「……お前、ついてくるつもりか?」


 俺の傍らに、再び教祖姿のブライトが現れる。腕を振るが、やはり当たらない。実体のない幻影だ。


「君の戦いを見届けておこうと思ってね。この迷宮の支配者として」

「そうかよ」

「この迷宮を解体する資格を有するのは、とにかく圧倒的な“力”を持つ者。

 そして、“自らの罪を省みることができる”者。

 さらに――“真実から目を背けずに”進むことができる者だよ」


 宗教くさい物言いを聞き流しながら、俺はダンジョン攻略を開始する。


 コンクリートでできた床と、さっきまでとはうって変わって狭く低い天井。


 車を停めるためであろう白線はいくつか引かれているが、肝心の車はまばらだ。


「ちなみにこのダンジョンは、1人1人が別の空間に送られるようになっている。先に入った皆も、君とは別の場所でチャレンジ中だ」

「…………」

「そして耳寄り情報だけど。今のところ、この第2階層を突破できたのは1人だけだよ」


 まったくもって意味のない指標だ。そんじょそこらの、腕試しに突っかかっていったような解体人と俺とは違う。


 ――そうして歩いていると、右隣にあった軽自動車が爆発し、吹き飛んだ。


 中から出てきたのは、異常実体『リーパー』。なるほどな。たしかに2階層で相手をするにはややキツイ相手か。


「……アシストフォース。核破壊弾」

「ギュオォッ――!」


 左手の全体が一気に黒くなる。その代わりに撃ち出された今の弾は、敵の中心――生命維持、運動などに必要なすべての「核」を問答無用で破壊する。


 出た瞬間に倒されたリーパーを見てブライトが拍手した。


「さすがはセイジ君。しかしいつまで保つかな?」


 次に床を砕いて地面から現れたのは、大量の牛の頭が連結したような頭部を持つ巨大魚。


「チッ、次から次へと……!」

「敵はまだまだ来るよ。いつまで耐えられるかな?」

「アシストフォース……加速弾」


 俺は自らのこめかみに指先を当て、撃つ。目の前の景色がだんだんとゆっくりになり、巨大魚の攻撃がたやすく見切れるようになる。


 鈍くなったヤツがこちらに突っ込んでくるのに対し、走って簡単にその攻撃範囲から逃れた。


「なるほど……それで時間を稼ぐつもりだね」


 ゆったりとしたブライトの声。それを聞いて俺は、自らの選択が間違っていなかったことを確信する。


(こいつ。俺の手の内を探ろうとしている……)


 実のところ、俺は今まで記憶を失ったルカの前で全力や切り札を見せたことは一度もない。


 出会ったダンジョンで大量の敵が湧いてきたときでも。


 迷宮教のダンジョンで、いつまでも現れるリーパーに対処したときでもだ。


 ルカの記憶喪失が、ただブライトの演技であった場合を考慮して――そして、いつか戦うことを考慮して、俺の本当の実力は見せないようにしてきたのだ。


 「いつか戦うかもしれない相手に本当の能力は教えない」……癪だが、かつて俺がまんまと足柄さんにしてやられた作戦だ。


 恐らくブライトはこう考えている。ルカの前で見せた範囲の実力で、S級解体人としてあれだけのダンジョンを解体できたはずがない、と。


 その推理は正解だ。だからこそ、俺は――ブライトの本体に辿り着くまでは、強力すぎる能力は使わずに攻略しなければならない。


「なるほど。加速弾の発動中は回復速度も高まってるわけだね」


 左手の半分ほどの色が戻っている。これならそれなりの弾丸は撃てるようになったはずだ。だが――


「アシストフォース。ドリル弾」


 右手の人差し指の先で、全長1mほどの大きなドリルが高速で旋回し始める。


 その状態で俺は、巨大魚に飛びかかりそのドリルを突き立てた。


「ギャアアアアァァァッ……!」


 着地後、再び飛び上がり接近攻撃を仕掛ける。加速弾の効果中は肉体が強化され、こういう芸当もできるようになるわけだ。


 そうして幾度も肉体を削り取られた巨大魚が、やがて息絶え地面に堕ちる。右手の指先のドリルを解除する――俺の両手の色はどちらも正常に戻り、黒い部分はなくなっていた。


「……? 新規の弾丸を使ったのに、反動を受けていない……?」


 ブライトは俺の様子を興味深そうに眺めながら指を鳴らす。今度は天井が砕け、瓦礫とともに何かが落ちてくる。


「うおっと……!」

「――おぎゃああぁ、あぎゃああ!」


 今度現れたのは巨大な赤ん坊。かつての迷宮教教祖が切り札として使っていたヤツか!


「アシストフォース! 即死弾!」

「おぎゃ――」


 弾丸がその胸に命中し、赤ん坊は泣くのをやめた。ズズン、と地響きとともに巨体が倒れる。


 弾丸を放った俺の右手はほとんど全体が黒くなっていた。それを見たブライトが鋭い目を向ける。


「なるほど、なるほどねぇ。そういうことか。君の能力は、『弾丸を放ったときにだけ』能力の反動で手が黒くなる。

 逆に言えば、さっきのドリルのように手元から離さずに置いておけば、コストを支払わずに使い放題……ってわけだね」


 隠し弾の一種をあっさり見抜かれ、俺は舌打ちする。さすがに優れた観察眼だ。甘いことをしていたら能力全部見抜かれかねないな。


 とにかくさっさと次の階層に行かなければ。巨大魚が開けた穴を飛び降りると、同じような駐車場が再び現れた。


「――おぎゃぁぁぁ、おぎゃぁぁぁ!!」

「なにっ……!」


 俺を追うようにして、巨大な赤ん坊が落下してきた。馬鹿な。さっき即死させたはずだぞ!


「この異常実体は特別製でね。この子をきちんと倒さないと、次の階層には行けないよ」

「あがあぁぁぁ――!」


 ブライトの言葉に呼応するように、赤ん坊が限界まで口を大きく開く。その口内に、ドアのようなものが見えた。


「気色悪い。ずいぶん趣味が悪くなったな」

「ハッタリは大事だからね。神らしさを出すためには、適度な恐怖が必要なんだよ」


 まぁいい。とにかくコイツを倒せば次の階層ってわけだ。


 即死させたのが蘇生した理由はわからないが、とにかく再び黒くなった右手を向けた。

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