第5節 そんな日々②
――水曜日。またダンジョンに入る日だ。
入り口は埼玉県のとある場所にある何の変哲もないコンビニだった。
外観は普通のサイズのコンビニで、全国どこにでもあるチェーン店だ。
それが「ダンジョン管理局」なるテープで封鎖されているのはなかなか異様な光景で、殺人事件でも起きたかのようだった。
内部に入ると、ぱっと見たしかにコンビニに見える……はずなのに、明らかに奥行きがありすぎるのがわかる。
陳列棚は間違いなく20個以上あるし、地平線が見えそうなほど広い。
なのに内装の雰囲気はしっかりとコンビニのままで、頭が混乱しそうになる。ダンジョンにはよくあることだが……。
「めちゃくちゃ広いねぇ……。この商品とかもダンジョン化で湧いた資材なの?」
「こりゃいいぜルカ。1か月分くらいの資材が手に入りそうだぞ!」
いつになくテンションの高いセイジ。手提げバッグを取り出し、渡してくる。
「この間も言ったが、ダンジョンを解体しても俺らが手に持ってたものは消えない。つまりこの階層の商品はいくら貰ってもタダだ」
「コンビニ……タダ……へぇ〜、面白そう!」
……いやでも、私がテンション上がるのはわかるんだけど、なんでセイジがテンション上がってるの?
あなたメチャクチャ金持ちだよね? そもそも普通のコンビニでもやれるよね、これ。
そんなふうに思いながら、私はパンパンに膨らんでいくセイジの袋を見ていた。
「えー……でも、何貰おうかなぁ。これホントにお店に損害とかないんだよね……?」
「ダンジョン化した時点で、中は現実と全く関係ない空間だから気にすんな! 好きなだけ取れ!」
「テンション高っかぁ……じゃあ……」
……化粧品とかかな。コンビニって意外とこういうのも売ってるよね。
なーんかメイクのやり方は覚えているような、いないような曖昧な状態だ。
エピソード記憶じゃないし忘れないと思うけど……。でも記憶喪失って何忘れてるか自分じゃわかんないし……。
などと悶々と考えながら、アイシャドウの袋を手に取る。
――ズルウ、と。袋を掴んだままの死人の手みたいなものが棚の奥から現れた。
「ぎゃあああああ!? 何なに、なにこれ!?」
「ダンジョンのいつもの脅しだろ。気にすんな!」
「ムリムリ! やっぱいらない! 現実で買うから!」
「ったく、これくらいで大袈裟な……」
そう言いながらセイジはノートとかペンを大量に掴んで袋に入れていた。
……そのノートにも何個か手が引っ付いていたが、驚くこともなく、ベリベリ引っ剥がして袋に詰め込んだ。やばいよぉ、この人。
■
――木曜日。今日も休日。私とセイジは、東京の品川にある水族館を訪れていた。
この前のダンジョンで水族館っぽいところを見てからというもの、ずっと気になっていたのだ。
まともな、ホラー要素がない水族館に行きたい! って駄々をこねたところ、セイジは渋々私を連れてきてくれた。ちなみに品川はセイジのチョイスだ。
「見てセイジ! イルカだよイルカ!」
「あー、そうだな」
「ちょっと! 嘘でもいいから楽しそうにしなさいよ! ショーの最前列に座ってるんだから……!」
当然ながら、木曜日とは平日だ。まだ冬休みの時期でもないし、水族館の利用者は少ない。
となると、自然とショーも前列を取れるくらい参加者が少なくなる。なのにこの男ときたらぁ……!
『さぁ! イルカのりくと君がうまくこのボールにタッチできたら、大きな拍手をお願いします!』
「おぉ〜! すっごい高さ……!」
イルカが水中に一旦潜ったあと、大きな水飛沫をあげながら高く高く飛び上がる。
高所に釣られたボールに鼻先でタッチし、ゆらゆら揺れた。
『りくと君、凄いですね〜! 拍手をお願いしま〜す!』
「あんなとこまで飛べるんだねぇ……!」
私は大きな拍手を送りつつ、右肘で隣のセイジを小突く。
「しな・さい……! 拍手を……!」
「…………」
『次はイルカのゆみちゃんが、とっても速く泳ぎますよ〜! 最前列の方は濡れちゃうかも! それ〜!』
「きゃあ〜! うわっ、結構水被っちゃった。セイジ、大丈夫?」
「…………」
隣を見ると、ショーが始まったときからほとんど微動だにせず、腕を組んだままのセイジが水浸しになっていた。
「あの……セイジ? 生きてる? 死んでる?」
「生きてる……だがどのタイミングで盛り上がったらいいんだっけな……?」
「人間社会に溶け込もうとしてるマネキンか……?」
なんで濡れても何も思わないの? 頭から水を被っておいて盛り上がりも盛り下がりもせずに困惑するってどうなってるの?
「いい? とりあえず拍手を! って言われたら拍手。周りが盛り上がってたらうおー! って言っときゃいいの! わかった!?」
「あ、あぁ。やってみよう」
どうも彼は緊張しているようだ。普段ダンジョンか家にしかいないからそうなっちゃうのかな……。
とにかく、正しい振る舞いは教えた。これで少しずつ人間社会に馴染めるようになるはずだ!
『さぁ、イルカたちが声を合わせて歌いますよ!』
「(すごい勢いの拍手)」
『それでは、この時間のイルカショーは以上になります。今一度、拍手お別れしましょう!』
「うおおおおおおお!!」
「……逆ッ!」
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