第11節 そして繋がる【sideルカ】

「……ここ数日の騒ぎになっている異空間騒動! 我々はその正体を知っている!」


 東京都、渋谷駅前。パニックの影響か、そこにいる人数は通常時よりかなり少ない。


 拡声器を持って騒いでいるのは時代錯誤なローブを着た男だ。「卍」の先が枝分かれしたようなマークが描かれた旗を掲げている。


「我々迷宮教は、政府によって握り潰された真実の伝道師である! アレは迷宮! 神が人類の選別のために遣わした箱庭なのだ……!」

「迷宮教、まだ残党が残ってたんだね。完全に解散したとは思ってなかったけど」


 見向きもされていないその男に背後から話しかけた。私もお尋ね者としてあまり顔は晒せないので、フードを深く被った状態で。


「な……っ!? き、貴様っ……!? ASSISTの尖兵――」

「まぁまぁ、騒がないで。いいの? 面白いことを教えてあげるつもりで来たのに」


 露骨に私を警戒しながらたたらを踏む男。確か私がアッパーでぶっとばした「上級天使」とか呼ばれていた男だ。


「面白いことだと……?」

「この異常空間の大量発生は私が起こした。失敗した結果なんだけどね」

「なッ!?」

「まぁ、続きはもうちょい静かなところで話そうよ。迷宮教ってことは、アジトにしてる空間くらいあるんでしょ?」


「な、何を企んでいる! 騙されるものかっ、また我らの聖域を破壊するつもりだろう!」

「大磯サダオがいた頃ならともかく、今の根城じゃまともに寛ぐこともできないんじゃない? もうちょいマトモな場所にしてあげてもいいんだけど」


 私の言葉が痛いところに刺さったようで、男はぐうっと呻く。


 迷宮教とかいう連中がこれまで、どうして異常空間に籠もったままでいられたのか。


 それはひとえに、教祖の男のアシストフォースによって異常実体が制御されていたからだ。


 似たような能力者でもいない限り、今の落ち目の迷宮教は必死に1体1体の異常実体を倒しまくらないと、異常空間に留まることはできない。


 そんな過酷すぎる状態で信者なんて増えるはずもない。必死こいて宣伝活動していたのがその証拠だ。


「……だが、お前は我らの敵だ!」

「どうかな。世界の在り方は大きく変わったよ。今はもう敵じゃないかも」


 私が彼の目をまっすぐ見ていると、思いが伝わったのかそうでないのか、彼は踵を返して歩き出した。


「……来い」



 私は迷宮教は嫌いだ。


 足柄さんを殺した件はガセだったわけだが、だとしても彼らは何かと民間人を誘拐したり、極端な思想を喚き散らしたりする。


 だが今の私にとっては格好の隠れ蓑だ。


 現実世界では警察が血眼で私を探しているだろうから、しばらくは異常空間の中に潜んでおいたほうがいいだろう。


「……これだけ?」


 案内された先の異常空間内は、明かりのつかないパチンコ屋のような空間になっていた。


 パチンコ台は1つもないが、代わりに大きめの教壇のようなものが中心に置かれている。


 そこにいるローブの人間はわずか5人。上級天使を合わせれば6人だけだ。仕方がないなぁ。


「さて。君たちに1つ教えてあげよう。この世界は今、過渡期にある」

「か、過渡期?」

「現実世界しかなかった時代と、異常空間……つまり、迷宮だけしかない時代の中間。やがてこの世界の全ては迷宮に覆われることになる」

「な……何を言ってる。そんなことがなぜわかる」


 私はニヤリと笑い、指を鳴らした。周囲の空間が、まるで別物になった。美しい星空の下、緑の低い草の中を風が通り抜けていく。


「なっ!?」

「そ……外!?」


 再び指を鳴らすと、そこは砂漠のまっ只中。乾いた熱風に皮膚を焼くような太陽。柔らかな砂の感触まですべて再現される。


「暑っ! なん、何ぃっ!?」


 もう一度指を鳴らせば、黄色い床と壁の広々した空間。かつての迷宮教があった異常空間の3階層だ。


「こっ、ここは、“神の間”……!?」

「名前ダサいなぁ。まぁ、今見てもらったとおり、私のアシストフォース『ダンジョンルーラー』はこの空間を支配することができる。

 私はこの力を使って異常空間を拡大させて、この世のすべてを異常空間にしようとしたんだよ。

 それがいまいち力が足りなかったせいで、あちこちに異常空間が出来るっていう今の世界が生まれたわけだね」


 信者たちは皆口を開けて私を見つめていた。当然だ。これは前の教祖にも到底できなかった奇跡。


「私はすべての世界を異常空間にして、理想郷を作り出す。この迷宮教はその足がかりだ。

 私がその偉業を実現させるまで、君たちにはサポートしてもらいたい。そうすれば新たな世界で、君らは偉大な存在となれるだろう」


 その時点で彼らが私を見る目は、すでに「胡乱な女子高生」ではなく「教祖」に変わっていた。


 素直で良いことだ。そういうところが嫌いなんだけどね。その悪感情を笑顔で隠す。


「先代の教祖、大磯サダオは紛い物だった。彼には世界を変える力なんてない。

 私こそが真の救世主となって、君たちを導いてあげよう」

「おお――おおおおおおっ!!」


 男が1人、2人と跪いて絶叫を上げる。信仰の浅い奴らだ。


 私は、私をここまで案内した「上級天使」に目で合図する。彼と私だけ、他の5人から離れた位置に移動した。


「……とんでもない能力だ」

「これがあれば信者集めには苦労しないでしょ。手段は問わないから、増やしておいてね」

「あ、あぁ……はい」


 信者の数が少ないということは、すなわち肉壁も少ないということだ。


 木を隠すなら森。少なくとも私の居場所が簡単に特定されないくらいには、迷宮教の根城となる異常空間を増やしておきたいところだ。


 前回の能力発動は不十分だった。次はもっと多くの異常実体を取り込んで力を手に入れ、完全に世界を変えなければ。


 そのためには時間が必要だった。警察に邪魔されずに異常実体を取り込む時間が。


「あ……そ、そういえば。あなたの名前は」

「名前? あぁ、そういえば名乗ってなかったっけ」


 名前かぁ。教祖の名前になるわけだし、あんまり本名でやりたくはないなぁ。適当な偽名でも考えよう。


「あー、私は――ブライト。そう呼んでね」

「わかりました……ブライト様」



「そういえば、君の名前は?」

「私は軽部……です」

「ふーん。よろしくね」

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