第12節 青春の残影
それから、俺はルカを探し続けた。
捕まえるためじゃない。会って話がしたい。お前に追いつきたい。俺を置いていったお前の、隣にもう一度立ちたい。
しかし、そんな俺の希望は届くことはなかった。ルカは見つからない。
『政府は緊急事態宣言を発令し、異空間への立ち入りを含む不要不急の外出行為を控えるよう通達し――』
ASSISTが壊滅し、その業務の詳細を把握していた人間の多くも国会議事堂に消えたことで、政府が蓄積していた異常空間に対するノウハウはほとんどが消滅していた。
本来、不必要なほど足柄さんの痕跡を消したりしなければ、もう少し文書化されたデータも揃っていたかと思うと皮肉だが。
『異空間から生還した人々の証言などから、若い人たちの間ではダンジョンと言う通称が定着し始め――』
『ダンジョンに入った人の中には、不思議な能力のようなものを使えたという人がいまして』
『都市伝説のたぐいでしょう、それは』
俺は警察を辞めて、ひたすらにルカを探し続けた。情報屋に金を握らせたり、自らあちこちを回った。
掴めたのは、迷宮教が復活し勢力を取り戻しつつあること。
そしてその教祖の名前が「ブライト」という名前であったことだ。
その名前と迷宮教の教えの変化から、ブライトがルカだと気付くのに時間は掛からなかった。
それでも、その時点ですでに国会議事堂の事件からは1年が経過し、迷宮教もあちらこちらに支部が生まれていた。
『政府は、ダンジョンにおける能力の発現を公式に認め、それをアシストフォースと命名しました』
『今でこそダンジョンなんて簡単に呼ばれてますけどね。かなりの死者数が出てますからね。決して遊び半分で近づかないよう――』
『ダンジョン出現からはや2年。この2年で、ダンジョン関連死者・行方不明者の数はすでに1万人を超えており――』
『お願い、フミノリ……! 帰ってきて! きっと生きてるわよね。あなたならきっと!』
『ダンジョン内での死者が、ダンジョン消滅とともに消えてしまうということですから。これは死者数はかなり見直すべきなんじゃないかと――』
時代は、あっという間に進んでいく。抜け殻になった俺を置いて進んでいく。
俺は取り残されていた。かつての夏に。青春の日々に。ルカとの思い出に。
あぁ。
あぁ、そうだ。
俺の青春の全てはあの日々にあった。友情と、恋と、青臭い冒険と成長が。
それが唐突に打ち切られて、俺は放り出された。ルカは新たな世界を望んで、俺を弾き出したんだ。
何度も何度も、後悔に夢を見て、悔やんでは目が覚める。
せめてお前が俺を連れて行ってくれたなら、こんな孤独を味わうこともなかっただろうに。
ルカ。お前が俺を置いて魔王になったから、俺は1人で勇者をするしかなくなってしまった。
垂れ流され続けるテレビを前に、俺は1人で座っていた。
俺は、別に。この世界のことを捨てたって良かったんだ。
ルカと一緒に、世界ダンジョン計画に加わったってよかった。あの人の、あの笑顔のためなら。世界を滅ぼす側になったってよかったんだ。
「だけど。……だけど、今は」
増えていくダンジョン関連死者数。悪化していく国際情勢。世界中を含めたら、どれだけの人数が死んだのだろう。
ルカは間違いなく人類史上、最も多くの人間を殺し、人生を狂わせた個人になるだろう。
……それを彼女が良しとするとは、どうしても思えないんだ。
(そうだ。手に取るようにわかる。罪悪感に潰されそうになりながら、一度走り出した車輪を止められずにいるお前の心が)
だとすれば、止めるのは俺の役目だ。俺以外に、ルカを止める力を持つ人間なんていないのだから。
『ダンジョンで採取される鉱石――ダンジョンストーンから、ある種のワクチンのようなものが発見されたとの報告が――』
『ワクチンによって、アシストフォースが誰でも簡単に手に入れられる時代がやってきています。それを受けて、政府は異例とも言える判断を下しました』
『えー……ダンジョンは、ですね。今現在につきましても、えー、無作為、無秩序に、日本の国土を侵略するものであります。
そのため、この度ダンジョンの解体を民間に委託する国家資格のようなもの……「ダンジョン解体人」という資格をですね、新たに広く整備しようと――』
それからもっと、もっと時が経った。
ダンジョン解体人とかいう職業ができて、俺はかつてのように1人でダンジョンを解体することを繰り返した。
目的は迷宮教のダンジョンを探すこと。教祖のブライト――ルカを探すこと。それらの資金稼ぎだ。
それからもっと、もっともっと時が経った。
気付けば俺の中から、人間らしい情動やら生活というものは消え失せていた。
心のすべてを異常空間に、青春の日々を置き去りにして。俺はただの機械のようにダンジョンを解体する日々。
それからもっと、もっと……20年の月日が流れた。
■
その日俺は、白虎から得た情報をもとに非公式ダンジョンに入り込んでいた。
その1階層にはおびただしい死体があった。いずれも迷宮教のローブを着た奴らだ。
(……迷宮教で虐殺が起きた? 異常実体が暴走でもしたのか?)
首を傾げながら、俺は2階層に足を踏み入れた。
そうして2階層の無機質な廊下を歩き回った末に、俺は――「それ」を見た。
「――ルカ?」
かつての姿。かつての身長、制服、髪色……。俺の記憶の中から飛び出してきたかのような――「ルカ」の姿を。
「おい、起きろ! お前……何でこんなところにいる!」
震える声と手で肩を揺すり……。
俺の目の前で、彼女は目覚めた。――記憶をすべて、無くした状態で。
「――――ッ」
長年追い続けたブライト。かつての胴枯ルカ。
それらが同時に目の前に現れた。俺はいったい何を選んだらいいのだろう?
ブライトを捕らえるべきなのか? そもそも目の前のこれはブライトなのか?
(……いいや)
違う。いいや、もはやブライトであるかどうかは問題ではない。
ルカ。もう、お前に置いて行かれたくない。お前を置いて行きたくない。
その一心で俺は彼女に手を差し伸べた。かつて彼女が、俺にそうしてくれたように。
その先に何が待っているのかもわからないまま、俺は――かつての青春をなぞるように、みっともなくもがき始めたんだ。
■
20年前、ダンジョンは異常空間と呼ばれていた
第2部 『青い春にさよなら』完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます