第3節 Re:『迷宮教』

「迷宮教の教祖……大磯サダオは、どうも我々の感知していない異常空間から生還してアシストフォースを身に着けているらしい。

 そして、その異常空間を根城として、アシストフォースを用いて宗教を作ったようだ」


「感知していない異常空間? そんなのもあるんですか?」

「ああ。我々の異常空間の発見がどのように行われているか……今さらだが、セイジ君は知っているかな?」


 改めて問われると、俺は言葉に詰まってしまう。その手の組織の情報とか横の繋がりは正直言ってほとんどない。


 配属次第ルカの相棒にされ、ほとんど一緒にいたからだ。そんな不甲斐ない俺の代わりに先輩が答えてくれる。


「1つは、行方不明事件の調査結果。行方不明が多発する地域には多くの場合、異常空間が発生していて……そこに人が迷い込んでいる、ということがよくありますから」

「ああ、そうだ。各県警と協力している所だね」


「もう1つは……三原さんのアシストフォース『異空探索』。異常空間を発見するアシストフォース。

 不安定ではありますけど、現在発生してる異常空間を探知できるんですよね」


 三原さんって誰だよ!? ……そう言いたかったがそういう空気じゃないし、黙っておくことにする。


「その通り。逆を言えば、それらの探知に引っかからなければ異常空間に気付くことはできないんだ。

 迷宮教は、そのまだ見つかってない異常空間を根城にする宗教団体ってことだ」

「そいつらが足柄さんを殺したって? ……なんで?」


「奴らの詳細な教義はこうだ……迷宮――つまり異常空間とは神の世界の入り口であり、そこで奇跡を起こせる者は天使である。

神に救ってほしければ天使のもと異常空間内で修行し、力を手に入れるべし……。

そのために天使も修行者も、皆現世との繋がりを断ち異常空間内で住まうこと」


 馬鹿げた教義だ。そもそも力を手に入れたのは修行したからじゃなく、中の異常実体に襲われたからだろうに。


 ……とはいえ、だ。かく言う俺も、初めて助けに来たルカ先輩を見たとき、言葉にできない神々しさを感じたものだ。


何も知らない人間がアシストフォースに強い神秘性を感じるのは無理もない。傍から見りゃ、確かにあれは神の所業に見える。


「それでだ。異常空間を信仰する彼らにとって、それを解体する我々ASSISTは敵なんだよ」

「何だと? 勝手なこと言いやがって。こっちはパンピーを保護してやってんだぞ」

「セイジ君、言い方。……すみません、続けてください」


「悪いことに、どうもASSISTのメンバーの一部は面が割れてしまっているようでな。

 迷宮教の人間に異常空間解体の瞬間などを見られたんだろう。それで……足柄さんは殺されてしまったんだ」


 …………。気分が重くなる。たったそれだけのために人を殺すのか? そんなことが日本で起きるのか?


 足柄さんは1週間前には生きていて、俺たちとも喋っていたんだぞ。学生チームのことをよく気にかけてくれている人だった。


「足柄さんは強かったのに……なんで……?」

「彼が強いのは異常空間内部での話だ。彼は現実で刺されたんだよ。

 迷宮教は、現実で我々を襲ってくる。実力トップ2の君たちだって例外じゃない」


「おいおいおい……! まさか俺たちのことまでそいつらにバレてるのかよ!?

 だったらせめて護衛とかつかないのか? ASSISTだって警察組織だろ。警官とか……」

「……すまない。ASSISTは他の警察組織にも具体的な活動が秘匿されている関係上、そういった動員はできないんだ。

 何より、上がASSISTへの支援をケチっていてね」


 なんだよそりゃ、と頭の中で舌打ちをする。


 俺達がいなければ異常空間の対処なんてできないくせに、その護衛すらしないのか? なんなんだ警察ってやつらは。


「……警察の幹部は異常空間に入ったことはないからね。危険だし当然かもしれないけど……。

 そのせいで、現場がどうなってるか知らないんだよ。ホントにあるのかわかんないから予算を打ち切れ、って言ってる人もいるしね」


 ルカは感情が伺えない声でそう補足した。


「じゃあどうするんだよ! このまま暗殺されるまで待てって!?」

「そうは言っていない! そこで、君たちへの依頼なんだ。大磯サダオの捕縛だよ」

「それもさっき言ってたけど、どういうことだ? なんで俺らが犯罪者を逮捕するんだよ」


 だってそうだろう。どこの世界に高校生相手に凶悪犯の捕縛を頼む警察官がいるんだ? 目の前か?


 ところが、俺のリアクションに反してルカは真面目な顔を崩さなかった。おいおいおい。


「さっきの話を聞く限り、迷宮教は異常空間の中で暮らしている。

 そうなると、教祖も、その幹部も、アシストフォースを身に着けている可能性が高い。そこで私たちに何とかしてほしい、って事ですか」


「話が早くて助かるよ。教団の根城を発見するまではこちらでもできる限りの協力をする。ただ、内部の制圧は……」

「はいはい、わかったよ。ま、実際異常空間内でタイマントーナメントでも開いたら、優勝は俺かルカ先輩だろうしな」

「は? 私だけど?」


 チンピラのような視線を飛ばしてきたルカ先輩と目を合わさないようにしつつ、俺は田原さんと連絡先を交換した。


「制圧はともかく! 迷宮教の根城がどこにあるかの調査には大人の、警察官の協力がいるからな。そこんとこ、マジで頼むぞ」

「あ、ああ……わかってる。わかっているよ」


 さすがに彼も無茶を言っている自覚があるのだろう。しどろもどろになりながらうなずき、その場は解散になった。



「……もう、セイジ君ったら。言い方がいちいち乱暴なんだから」

「何言ってんですか。ルカ先輩が我慢しすぎなんですよ。上の奴らは護衛もしない、そんでアイツは根城の場所まで俺らに探させるつもりだ。

 ふざけんなって思ったら、ふざけんなって言ってやりゃいいんですよ」

「ハハ。『ふざけんな』……かぁ」


 ルカはしばらく、困ったように笑っていた。

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