第9節 ブライト

「どうして僕たちを! 迷宮教を捨てた!? 答えろ!

 ――!!」

「――は?」


 新藤は背中から生えた6本の尖った何かで、突っ込んできた毛玉のようなモンスターを容易く貫き引き裂く。その後、鋭い切っ先が私に向けられる。


 ――ブライト? 誰が? ……私が?


 ありえない。そんな訳がない。勘違いだ、絶対……!


「絶対……違う! 私は教祖じゃ――」


 次の瞬間、右肩に鈍い衝撃が走る。恐る恐るそちらを見ると、彼の触手が……私の肩に突き刺さっていた。


 遅れて焼けるような痛みが肩から込み上げ、全身を駆け巡る。


「あ――あっ、ああああああっ!」

「迷宮教の皆はお前に殺された……! あとは僕のようにほんの僅か生き残った者たちがいるだけだ。全部お前が……!」

「ち、がっ……ぐ……」


 痛い。寒い。刺されたところは熱いのに、寒い。全身がガタガタ震えてくる。


 あぁ、もう、やばい。血が失われてるせいかフラフラして、変に眠くなってくる。

 ……死ぬ。呼吸が深くなってきた。喉が詰まって喋れない。


 何でこんなことになってるんだろう。変質者についていっちゃ駄目だったかな、やっぱり。

 それとも大人しく今日もセイジと一緒にいるべきだったのかな。


 ……セイジ。その名前と顔が頭に浮かんで離れない。


 セイジはいつもいつも、文句を言いながらも私のことを助けてくれていた。本当に、優しい人だ。


 そんな彼を疑ったり、別行動したりしてたから罰が当たったのかもしれない。


 ……ごめんね、セイジ。あと、今回もできれば助けてほしいなぁ。


 でも無理かなぁ。行き先も言ってないし、ダンジョンの中だし。でも……。


「た、す……けて……。……セイジ」


 思わずそんな言葉を呟いてしまう。届くはずもないとわかっている。


 目の前の新藤にすら届いたかわからない声。その新藤は再び尖った触手のようなものを引き絞っている。


 嫌だなぁ……できれば痛くないところを刺してほしいな……。



「アシストフォース――スタンガン」



 突如、目の前が光に包まれる。

 バチバチという音とともに新藤の全身が光り輝いたのだ。


「あがっ……が、ががああああっ!」


 彼は小刻みな悲鳴を上げたかと思うと全身を硬直させ……何者かの足がその体を蹴り飛ばす。


 ダウンを翻し現れた、その人は。……その、人は。


「セイジ……!」

「無事だな、ルカ」

「……無事じゃないって。あっ、痛っ……ぐうぅ……!」


 その顔を。傷のある目と彫りの深い顔を見て安心したと同時に、貫かれた右肩と、何度も叩きつけられた背中……あと首とかが激しく痛みだす。


 アドレナリンが切れたらしい。涙もどばどば出てきた。情けない。自分の弱さが許せなくなる……。


「少しだけ我慢してろ。今はヤツに対処する」


 セイジは起き上がってくる新藤に指先を向けていた。改めて見ると、新藤は完全に異形と化している。


 背中から飛び出ている尖った触手は、おそらく蜘蛛の足みたいなものだ。


 その左目はいつの間にか複眼のように3つに増えていた。それぞれが赤い光の残像を残しながら、激しくギョロギョロ動いている。


「神凪……セイジだと……!? 迷宮教の聖地を潰して回っていたS級か!?」

「知ってるのか。なら話が早い。

 降伏しろ、迷宮教。お前じゃ逆立ちしても俺には勝てねぇよ」


「――舐めるなッ!」


 新藤の頬が大きく膨らんだかと思うと、彼はそこから蜘蛛糸のネットを吐き出した。


 空中でみるみる拡大したそれは、セイジの全身を覆うほどの大きさになる。さっきはアレを私に吐いていたのか。


「アシストフォース、旋風弾」


 しかし、そんな蜘蛛糸はセイジの放った強烈な風によってバラバラになった。


 加えて、新藤自身の体まで大きく吹き飛ばされて宙を舞う。


「くっ!」


 だが、彼はそのまま地面に落ちては来なかった。


 ダンジョンの天井。木板の屋根に糸を張り、真っ逆さまの状態で固定されたのだ。

 ……これが彼のアシストフォース。蜘蛛になる能力なんだろうか。


「おーおー、すごいね。なかなか引き出しの多い能力だ。

 それで? 次の一発芸はなんだ、クモ怪人くん」

「貴様を殺す!」


 彼は天井を蹴って恐るべき速度でセイジに迫る。その6本の武器はすべて彼を貫こうと向けられていて――


「アシストフォース。軟化弾」


 それをも上回る速度で、セイジの弾丸が新藤の体に吸い込まれた。


 直後、その触手がセイジの顔面に命中――すると、貫く代わりに触手自体がぐにゃりと歪んで通り抜けていく。


「な――!?」

「オラァッ!」


 致命的な隙を晒した新藤の顔面に、セイジの拳が炸裂する。


 ただのパンチのはずなのに新藤の顔はこれまたありえないほど歪み、大きく吹き飛ばされていった。


 ……す、すごい。


 今まで人間とは戦ってないからわかんなかったけど。セイジってここまで強かったの……!?


 私をボコボコにしたフロリストを瞬殺できる新藤を子供扱いするセイジ……なんかインフレの縮図みたいだ……。


「う、ぐああ……ううううっ……!」


 新藤は大きな声で呻いている。地面でのたうち回り、立ち上がってくる様子は見られない。


 ……終わりだ。モンスター以外が相手でも、セイジはやっぱり強かった。

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