第2節 神は見ている

『――20年前の大晦日は、まさしく1度目の大変革が起きたときであり、あの『ASSIST』が滅んだ日でもあります』


「アシスト……?」

『まさか、ASSISTを知らない人はいませんよね? どうです、軽部さん』


 映像は相変わらず背中を映しているままだが、どうやら壇上ではブライトが別の人物にマイクを渡したらしい。


 軽部さんが私の代わりに疑問に答えてくれそうだ……。アシスト、ってなんだろう?


『ダンジョンの存在を隠匿しようとする、日本の公的機関でしたな。

 我ら迷宮教も一度は奴らに弾圧されかけましたが……ブライト様のお力で一掃されたとか。まったく、身の程を知らん連中です』

『……ふっふっふ』


 ブライトはその言葉に笑った。釣られて少しずつ、信者たちの笑い声が聞こえ出す。


 ――直後に、何かが爆発するような音とともにその笑い声が静まり返る。


 それから叫び声。パニックが起こり、画面が乱れる。


『何だ、おい』

『死んだ。殺されたぞ。軽部ってのはここの幹部のはずだ……!』


 小声で撮影者たちがやり取りをする。死んだ? 殺された? ど、どういうこと……!?


 とにかく音声だけから判断すると、壇上に上がった軽部さんは、談笑していたブライトに殺された……ようだ。


 それによりパニックが起きている。再びマイクが吼え、ブライトの声が流れる。


『彼らは皆勇敢だった。お前に彼らを笑う資格などない』


 その声から、温和さは消え去っていた。


 マイク越し、カメラ越しでも寒気を覚えるほどに冷たい声。そのまま本性を表した教祖は続ける。


『力もなく、知恵もなく。ただ私の力に縋るような愚物は新たな世界には必要ない。

 迷宮教の信者たちよ。新たな世界に、私とともに来ると望むならば……力を示せ。この迷宮を解体してみせろ』


 パニックが少しずつ収まり、教祖の言葉を咀嚼し始める信者たち。


 ……周辺からエンジン音が聞こえ始めた。あれだ。リーパーが現れたのだ。


 すぐに悲鳴が聞こえ始め、映像は乱れ、床に広がった血を映す。


『……じゃ、私はこれで。ああ、横川新聞社の皆さんもぜひ楽しんで。

 入り口はもう出られなくしましたが、ここが解体できさえすれば、日本中が飛び上がる特ダネが持ち帰れますからね』


 再び見せかけの温和さを取り戻した声。荒れる映像の中で、ついにカメラは壇上から去っていく教祖の姿を捉えた。


 修道士のようなひらひらした黒い服装の後ろ姿。


 が、そのピントが合う前にカメラが激しく動いてしまい、大きなエンジン音とともに映像が停止した。


「これで映像は終わってる。ここからなんとか逃げて、3階層までは到着したが……そこで死んだんだろうな」

「…………」


 映像が終わったあと、私はしばらく動けなかった。


 大量の情報があったが、どれが一番大事なのかいまいち整理できない。


 ゆっくりセイジを見る……が、彼は意外とつまらなそうな顔をしていた。


「さして新しい情報は手に入らなかったな」

「え……そ、そうなの? そのASSISTとかいう組織とか、大晦日に行動を起こすとか……もう知ってたってこと?」


「大晦日については知らなかったが……ASSISTは有名だしな。それより、この本棚とかも見ておきたい」


 セイジはあまり何も教えてくれないまま別の話を始めてしまった。


 ただでさえ混乱している私に、懇切丁寧にすべての用語を解説してくれるつもりはないのだろうか?


 映像で話されていた情報以外は知らない、と言われてしまえばそれまでではあるけどさぁ。


 私が不満を抱きつつ机を探ると、引き出しから1冊のノートが出てきた。


 普通のなんの変哲もない大学ノートのように見える。それをパラパラとめくってみる……。


 どうやらそれは、教祖ブライトが書いた懺悔か日記のようなものだったらしい。


 ……長いしよくわからない言葉も多いが、大事な部分を要約すると……。


『世界中をダンジョンにするという私の目的は、覚悟を持って行っている使命。やらねばならないことだ。

 だが世界の在り方を変える決断がただ1人の人間によって行われる傲慢さは理解している。

 よって、私は私自身を試さなければならない。この行いが正しいものかどうかは、天が判断してくれるだろう。神は、見ているのだ』


 ……というようなことが書かれていた。天が判断? いかにも宗教家って感じのよくわからない物言いだ。


 ただ一方で……私は、最初にダンジョンに入ったときほどブライトを異様な人物だとは思わなくなっていた。


 単なる狂人ではなく、確固たる信念を持っているかのような。


 行動が過激で影響範囲が大きすぎるが、映像や日記の断片を見て、「理解できない理屈で動いている怪物」ではないように思えた。


 ブライトもまた、1人の人間なのだと思えてしまったのだ。


「……その日記も回収しておこう。よし……そろそろ行くぞ、ルカ」

「あ、うん。もう帰るの?」


「いや。折角だから愛知の『ギルド』に寄っていこう」

「……ギルド? 何言ってるの? ここ現代日本だよ」


 セイジもたまには冗談を言うんだなぁ。それとも疲れてる私を気遣ってくれてるのかな?


 日本に「ギルド」なんてもの、あるわけが――。

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