第4節 趣味巡り②
「……で……なんでカラオケなんだよ」
やや暗めな狭い部屋に案内され、入り口のつまみを捻って部屋を明るくする。
ここまでの生活で薄々わかっていたが、私が失ったのはエピソード記憶……つまり、私個人の名前とか思い出だ。
りんごが赤いこととか、カラオケが何をする場所なのかとか、そういう記憶は失われていないのだ。
「老若男女楽しめる趣味といえばやっぱりこれじゃない? JKにもおじいちゃんおばあちゃんにも人気なんだよ!」
「俺はお爺ちゃんじゃねぇぞ。……ま、いいさ。歌いたければ歌えよ。聴いてるから」
「え? セイジが歌うんだよ?」
「ああん?」
ドカリとソファに座り、でっかく両腕を広げて背もたれに乗せたセイジ。私は首を傾げて彼を見る。
「だって私、歌なんか覚えてないよ。記憶なくしてるんだし」
「……1個も覚えてないのか?」
「童謡なら覚えてるけど……流行りの歌とか、カラオケの十八番とかは全部覚えてないねぇ」
そう聞くと彼は苦虫を噛み潰したような顔になる。何なに、その顔は。
「だからセイジ歌ってよ。なんでもいいからさ〜」
「……俺も知らないんだよ」
「え? ……知らないってことないでしょ〜。テレビとか動画サイトとかで歌なんかいくらでもあるんだから」
「いや、だからな。テレビも動画も見ないんだよ俺は」
……なんか寒気がしてきた。部屋の冷房効きすぎなのかな?
「……じゃあ普段何してるの」
「だからダンジョン潜ってるって言ってるだろ」
「怖い! 日常全てをダンジョンに飲み込まれた男!」
つまり、この部屋にいる2人の中で、実に2人が歌のレパートリーがゼロってこと!?
なんか知らないアーティストのインタビューみたいな映像が虚しく、小さな音で流れ続けてるんだけど!
「どうすんだよこれ! お前が自信満々に3時間も部屋取ったんだぞ!」
「だってセイジが歌の1つも知らないから〜!」
「つうか、だとしても3時間取るなよ! お前3時間も俺に歌わせ続けるつもりだったのか!」
ワーワー言う私とセイジ。
しかし騒ぎ立てたところで意味はない。この3時間を無駄にするわけにもいかない。
かといって童謡をカラオケで歌うのも嫌だ! 色々と恥を捨てている気がする。
「よぉし……じゃあこうしようセイジ。今から歌を覚えてお互いにそれを披露するんだよ」
「今から? どうやって」
「そりゃスマホで聴いたり……」
……スマホ? あれ?
私はポケットに手を突っ込む。……何もない。
「そういえば私スマホ持ってなぁい!!」
「もうメチャクチャじゃねぇか! ちょっとは考えて動けよ!」
「万事休すか……。えー、歌えなくても楽しめるカラオケの楽しみ方ってないのかなぁ」
「そんな奴はまずカラオケに行かないだろうが……強いて言うなら、メシくらいじゃないか? 結構色んな料理があるはずだろ」
「それだ! あっ、ロシアンたこ焼きだってさ! これ頼もうよ!」
「ちょっとは落ち着きを持て……!」
■
それから、だいたい1時間くらい。
追加注文した甘いドリンクに囲まれつつ、私は机に突っ伏していた。理由は……聞かないでほしい。
「……ま。たまにはこういう暇な時間過ごすのも悪くないのかもな」
「で、でしょ゛? げほっ……わ゛かってもらえ゛てよかったよ゛」
「ひでえ声だな。歌いすぎたのか?」
「わさびを食べすぎたんだよ!!」
くそう。ロシアンたこ焼き、セイジの奴は異様な勘の良さですべてのハズレを私に押し付けてきたのだ。
おかげで口も喉もヒリヒリする……。その様子を見てずいぶん楽しそうにしている。この男……。
「だがやっぱり、毎日は無理だな」
「うう……やっぱり?」
「ああ。俺もS級解体人って立場があるんでな。
難易度の高い――要するに、他の解体人が失敗するようなダンジョンを、俺が請け負わなきゃならないんだ。
それが一番安全だからな」
確かに、セイジは現実では歌も知らないし食事も適当だけど、ダンジョン内ではとてつもなく強い。
その強さはきっと、多くの解体人やダンジョン関係者の憧れでもある。昨日の受付の人の反応からもわかる通りだ。
言ってみれば彼はヒーローなのだ。完全に休業してしまうと、いろんな悪影響も出るだろう。
「……だから、交代制にしよう。休みの日の次はダンジョン。ダンジョンの次は休み。これならお前の体力も回復するだろ」
「……! うん! それに、セイジの趣味も見つかるかもしれないしね!」
「それは……どうだかな」
「大丈夫! 絶対見つけてあげるからさ!」
それはある意味、私から彼にできる唯一に近い恩返しだ。
ヒーローだからって休んじゃいけないわけじゃないし、趣味を持つのだって自由だ。
だから彼には、ダンジョン解体マシーンになるんじゃなくて……普通の幸せも手にしてほしい、と私は思っていた。
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