第4節 趣味巡り①

 翌日の朝。私がたっぷりと寝てから目を覚ますと、またしてもセイジが出かける準備をしていた。


「あれー、セイジ……今日もどこ行くの〜?」

「何言ってんだ。ダンジョンに行くんだよ」

「…………はっ!?」


 そのまま有無を言わさずそそくさと出かけようとするセイジ。


 いやいやいや! 昨日とまったく同じ流れ! そうはさせるか、と私は彼の前に立ちふさがる。


「セイジ! 働きすぎだと思う!」

「ん〜? 1日1個くらい楽なもんだ。気にすんな」

「ちがぁう! 私が働きすぎ! もう両足ともに筋肉痛だよ!」


 足の裏からふくらはぎ、太ももに至るまで万遍なく筋肉痛だった。


 昨日は足が痛くて寝られないかと思ったよ! 10分くらいで寝たけど。


「だいたい何!? セイジはそんなに食うに困ってるの!? そうじゃないでしょ!」

「何言ってんだ。俺だって社会人として働かなきゃ生きていけねぇんだよ」


「そんなこと言って……貯金いくら持ってるの?」

「…………4億」

「よよよ……4億円!? 大企業の社長か!」

「4億……ドル」

「余計やばい! ていうか貯め過ぎだよ!! そんなにお金持ってるのになんで毎食安い配達サービス食べてるの! もっと経済回して!」


「世の中何があるかわからないだろ……備えとかないといけないんだよ」

「4億あってどうにもならない事なんか世の中ほとんどないよ!」


 どうもセイジ自身、金を貯めすぎて使っていない自覚はあったようだ。なのにどうしてまだ貯めようとするんだろう……。


「とにかく、お金に困ってはいないし、解体人って歩合制なんでしょ!? じゃあこんなに毎日行かなくていいって!」

「いやしかしだな……かといって、ダンジョン行かないなら何をすりゃいいんだよ」


「な、何って……趣味とかしたらいいと思うけど」

「趣味なんかないぞ。いや昔はあったかもしれないが、ここ十年近くずっと毎日ダンジョン生活だ」

「そんな人生は損してる!」


 私が彼に力説すると、珍しくセイジは動揺した様子を見せた。


 なるほど、そういうことか。私がセイジの家に来てからずっと感じていた違和感の正体。


 彼は無趣味すぎるのだ。男の一人暮らしなのにポスターの1つ、フィギュアの1つも置かれていない。


 ゲーム機もなければゴルフクラブもない。道理でモデルハウスみたいな印象を受けるわけだよ。ないんだもん、余計なものが何も!


 そうして改めて考えてみると、やっぱり普段の食事もおかしい!


 昨日の昼はファミレスだったけど、夜は結局またあの栄養宅配飯。


 趣味がなさすぎて食べ物にも興味がないから、美味しいとか美味しくないとかじゃなくて栄養を気にするんだ。


 そのことに気付いたらなんだか背筋が冷えてきた。この男、ダンジョンを解体するためのマシーンかなにか!?


「セイジ! 今日は休もう! そして趣味を探そう! このままじゃ機械になっちゃうよ!」

「趣味っつったって、この歳で何をやれってんだよ」

「大丈夫! 何かを始めるのに年齢なんて関係ないって。私と一緒に楽しいこと探そう!」


 セイジの両手を掴む。私も必死だ。何しろこのまま彼に付き合わされて毎日ダンジョン生活なんて、足がムキムキに……

 じゃなくて、記憶を取り戻す手がかりを探す暇もありゃしない。


 ただ、そういう打算を抜きにしても、セイジは何だかどこか不安定というか機械的すぎる。


 私がお世話してあげないと。真人間に戻してあげないと……!


「なんか失礼なこと考えてないか?」

「カンガエテナイヨッ!」

「はぁ……。楽しいことを探そう、か。以前も誰かに言われたっけな」

「ん……そうなの?」


 セイジはどこか遠くを見つめていた。フッ、と鼻で笑うような息を漏らす。


「わかったよ。今日は休みにしてなにか遊びに行こう。ただし、案はルカが出してくれよ。思いつかねぇからな」

「ふふふ、このルカ様に任せなさい!」


 ルカ。ルカ……。


 あくまでセイジが呼びやすいように仮につけた名前のはずなのに、やけにしっくりくる。


 本当の名前を思い出したときに混ざらないといいんだけど。そんなふうに思いながら、私は何をして遊ぶか考え、とりあえずセイジと一緒に外に出ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る