第3節 ダンジョン巡り③

 ドアを開けた私達を迎えたのは玄関――ではなく、広々した空間だった。


 青く薄暗い空間で、床はしっかりとしたカーペットが全面に敷かれている。


 通路は大人が10人か20人は横並びで歩けるほどに広く、天井もかなり高い。少し肌寒かった。


 そして何よりも目を引くのが壁面の巨大なガラス。その奥に満たされた水。ここは……


「水族館……?」

「そのようだな。何が展示されてんのかね」


 興味なさそうに「コチラ」と書かれた看板の順路に沿って歩いていくセイジ。ダンジョンなのに看板ある時もあるんだ……。


 それにしても、水槽は青くて中が何も見えない。相変わらず人の姿もない。


 人気の出そうなおっきな水族館に誰も人がいない光景は、どこか寂しくて不気味だった。


「ねぇ。そういえば、なんで全然人いないの? ダンジョン解体人ってそこそこいるんでしょ? ダンジョン内で出会ったりしないの?」


「ああ。ダンジョンは内部の様子が全く見えない上に、解体されたときに死体だった人間は消えて戻ってこないって性質があってな」

「……えっ!? な、何それ!?」

「俺に聞かれても知らねぇよ。とにかく死体はこの世から消えちまうんだ」


 つ、つまり……ダンジョン解体人も、中で死んだら死体すら帰ってこないのかな。親からの反対が激しそうな職業だ……。


「それがあまりに犯罪向きなもんで、同時に複数グループが侵入することは許されてないし、特別な許可がないと解体人以外は入れないんだ。

 ホラ、入り口に職員いただろ? 政府が確認したダンジョンの入り口にはあいつらが立って管理してるのさ」


 私が放心してる最中にセイジと喋ってたあの人か。たしかに色々やってた気がする。


 なるほど。つまり、ダブルブッキングしないようになってるのか。ダンジョンの中に人がいないのはそういうことらしい。


(……あれ?)


 ……だったら、昨日の。あの死んじゃった人は――


 ――そのとき、近くの水槽の内側からドゴン! という激しい衝突音がした。


「わぁ! 何なに!?」


 水槽の中には巨大な魚――ではなく、巨大な手のひらがあった。水が濁っていて奥は見えないが、手が伸びる先には腕があり、肩があり……頭があるみたいだった。


「巨人展示中みたいだな。次行くぞ」

「存在しない言葉をサラッと言わないで!」


 巨人が入った水槽を無視してセイジは進んでいく。


 しかし、通路を通って別の水槽の前を通っていても、やはりあの巨大な手がぺたぺたと並走していた。


 まるで同じ巨人が、水槽という仕切りを飛び越えて、興味を示した私たちを追っているかのように。


 その様子を想像して背筋が冷えた私は、セイジのダウンの裾を掴んでもっと近くで歩くことにした。


「着いたぞ。次だ」

「ほ、ホント? は〜、よかった。なんかここ怖かっ……」


 次の階層へのドア……「用務員室」と書かれたドアの前に来ると、突然ドバン! ドバン! と激しい衝撃音が水槽から聞こえてくる。


 あの手が勢いを増して水槽を叩いているのだ。その度に分厚いはずのガラスがミシミシと揺れる。


「は、はやく行こう。割れたら水没しちゃうよ」


 いそいそと扉を開ける。そのドアの向こうからは、うっすらと潮の香りがした。


 ドアの先は岩壁があった。いわゆる洞窟だ。天井は低く、床と壁と天井が筒状に繋がっている。


 灯りはどこにも確認できないが、なぜか普通に進めそうなくらい明るい。かつ、なんだかやけに暑かった。


「湿気のせいかな。なんか暑くない?」

「ジメジメしてやがるな。こういうとこには異常実体が多いぞ」

「ヤなこと言わないでよ〜……」


 歩きづらく景色も変わらない枝分かれする洞窟の迷路。


 どこを何回曲がったのか全然わからない。完全に迷ってしまった気がするけど……。


「ねぇセイジ。これ迷ってない?」

「俺はお前と違って優秀なんでね。これまでの道は全部頭の中に入ってるよ」

「なんですってぇ! いや、それはホントにすごいけど! 言い方ってモンがあるでしょ!?」

「ハイハイ、悪かったな。それより気をつけろよ。こういう場所にいる異常実体は音で索敵する奴が多い。つまり――」


 ぐぬぬ、と唸りながらセイジの言葉を聞いていると、突然体を後方に引っ張られた。


「ひぇ!?」


 後ろに何かがいる! ガサガサと音を立てながら私の襟を引っ張っている!

 それを見たセイジは、やれやれと首を振りながら私に指を向けた。


「アシストフォース。殺虫弾」


 ボシュッ、と煙が蔓延する。私を引っ張ろうとする力が緩み、ギイィ、という甲高い声がする。


 慌ててセイジの元へと駆け寄り、私の背後にいたものを見る――それは黄色と黒の縞模様の、やけに巨大な蜘蛛だった。


 それがセイジの撃った煙のせいか悶えながらひっくり返り、シャカシャカと足を動かしていた。その動きが徐々に弱まる。


「ひいいぃ……! 何あれ、キモすぎ……!」

「デカイ声出すから気付かれたんだろ。アレは異常実体「苦悶蜘蛛」――運が良かったな。噛まれてたら今頃……」


「……な、何? 今頃なんなの?」

「いや、言わないでおこう。ホラ、言い方に気をつけないといけないしな」

「どういうこと!? 噛まれてたらどうなってたのよ〜!?」


 ……半笑いで先に進んでいくセイジを追いかけた。

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