第3節 ASSIST

「我々は異常空間特別捜査係。略してアシスト。警視庁の秘匿組織だ」

「……はぁ?」


「Abnormal Space Special InvenStigation Team……縮めてASSISTだ」

「そっちじゃないっすよ。いやそっちも気になるけど。警察の秘匿組織って何? どういうことなんすか?」


 数日の昏睡から目を覚ましたという俺は病院にいて、両親の見舞いよりも先に例のスーツの集団が俺に話をしに来ていた。


 差し出してきた手帳は本物の警察手帳、らしい。少なくともそう見えた。


 しかし彼らの話した内容は、本来とても信じるに値しない荒唐無稽なことばかりだった。


「戦後間もなくして、内部が異形化したり拡張された空間……『異常空間』と呼ばれるものが日本で発見されるようになってね。

 でも政府はそれを公表しなかったんだ。戦時復興時代はただでさえ皆てんやわんやだったから、混乱を防ぎたかったらしい。


 しかも、その空間には異様な怪物。オマケに怪物の中からは美しい宝石みたいなものが発見されてたんだ。

 これがもし海外にバレてたらどうなると思う?」

「どうなるったって……ンなこと俺に聞かれても。うーん、海外から宝石を取りに来るとかですか?」


「その通り。せっかく外国の占領から解放され独立した日本。そんな中で未知の資源の発見。

 あれこれ理由をつけて資源欲しさにまたアメリカに占領されたりすることを恐れたんだよ」


 はぁ、と気のない返事を返す。どうして突然歴史の授業が始まったんだ?


「……で、さっさと明かせばいいのに、タイミングを逃し続けて今の今まで民間には一切公表されていない。

 それが君達が迷い込んだ「異常空間」と呼ばれる場所なんだ」


 君たち。……そうだ。あの空間に迷い込んだのは俺だけじゃない。あいつらは――!


「……残念ながら……。我々が突入した時点で、君以外の人間はもうみんな死んでいた。助けられなかったんだ」

「……そう、っすか」


 心に、鉛のような重さが加わってくる。


 人が死ぬ。身近な人が死ぬ。


 高校生の年齢で、同級生が死んだという経験がある人はそう多くはないだろう。


 俺だって、彼らと特別仲が良かったわけじゃない。ただ体育のとき、バスケットボールの試合後に「お前やるな!」なんて声を掛け合った程度の記憶しかない。


 それでも、同級生が死んだ。普通に歩いて、走って、喋っていた人間が。遺された家族はどんな気分だろうか……。


「異常空間の出現頻度はそこまで高くないんだけど、最下層まで進み、そこにいる『異常実体』を倒さなければ異常空間は消えないんだ。

 そして我々ASSISTは、民間への情報封鎖と異常空間の解体を担当している」


 何もかも現実離れしたファンタジーな説明。


 とはいえ、実際に体験した俺はそれを否定できない。


 そんな説明を聞き終えたあとで、彼らはさらに衝撃的なことを言ってくる。


「……そこで、君に我々ASSISTに入ってもらいたいんだ」

「……はぁ?」


 いや、いやいや……。そもそも俺は高校生で、学生なわけで。


 何がどうなったら警察に所属することになるんだ? どうして俺が?


「君の左目の傷。それは異常空間の内部で受けたものだね」

「ああ。そうっすよ。今はもう痛みはないけど……」


 軽く左目を手で撫でてみる。皮膚はゴワゴワと波打っていて、あの傷がそのまま残っているようだ。


 ただあそこで出会った「彼女」が言っていたとおり、失明してはいない。視力に影響は……不思議だが、まったくないようだ。


「異常実体からの攻撃を受けてそのウイルスから生還した人間は、特別な能力を得る。

 我々が、我々の力――アシストフォースと名付けた力だ」

「……力?」


 ていうか今ウイルスって言ったか? あいつらウイルスまで持ってたのか!?


「異常空間内でのみ使える特殊能力だ。これがなければ、異常空間の解体は基本的に不可能だろう。

 故に、我々は老若男女問わず生還者をスカウトしているんだ。どうか協力してくれないか?」


 力。アシストフォース。冗談にしては真面目すぎる男たちの顔の裏に、あのとき見た少女の姿が思い浮かんだ。


 俺を助けてくれたあの子。あの子が使っていたのもアシストフォース……なのだろうか?


「なぁ。あんたらのその、ASSISTに女子高生がいるか? 緑っぽい髪の……」

「む? ……ルカ君のことか。あぁ、いるよ。とても優秀でね、若いが我々の中で最も強いエージェントだ」

「そ、それだ! フルネームは?」

「フルネーム? 胴枯どうがれルカだ。彼女がなにか?」


 ルカ。……胴枯ルカ。その名前を口の中で呟いて反芻する。


 あの日俺を助けてくれた少女。彼女に、もう一度会いたい。胸の奥がざわついていた。喪失の虚しさを上書きするような情動に突き動かされる。


「……あの子に会わせてほしい。それが叶うなら手を貸そう」

「ほ、本当か!? それならぜひ……!」


 そう答えた時点で、俺は自分の感情を理解できていなかった。どうしてこうも強烈に彼女に会いたくなったのか。


 しかしとにかく俺の要請は二つ返事で受け入れられ、俺はASSISTに所属することになった――。



「……おっと、すまない。説明ばかりで確認が遅れてしまったな。君の名前を教えてくれるかな?」


「あぁ、俺は――神凪セイジです」

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