第3部3章 後悔の涙の中に、終わる

第1節 最終決戦①

「――ブライト」


 最終決戦の場となる第5階層。そこは案外、なんともない殺風景な場所だった。


 大理石のような滑らかな床が辺り一面に広がっている。壁は、無い。床と平行な天井が無限に広がっていて、地平線で床と合流しているのが見えるだけだ。


 例によって光源らしきものはないが、不思議と部屋は明るく、「目の前にいる人物」の姿かたちもよく見えた。


「やぁ、神凪セイジ」


 不敵な笑みを浮かべながら黒いフードを外すブライト。第1階層から見ていたから今更ではあるが、見た目は若いまま。あのときのルカのままだ。


 思えば、俺の記憶にあるルカの姿は常に変わらない。まるで1つの「象徴」のように。


「さて。ここまで来てくれてどうもありがとう。やはりここまで来れるのは君くらいのものだ。他の連中は皆脱落したよ」

「そりゃそうだ。解体してきたダンジョンの数が違うからな」


 いつでも撃てるように手を銃の形にしておく。俺は。……撃つしかないのか。


「それじゃあ、そろそろ始めようか。ペラペラと喋る必要ももう無い」

「そうだな。その時はもう終わった――!」


「アシストフォース!」「アシストフォース」


 同時に2人のアシストフォースが発動する。指先から小手調べ代わりのハンドガンの弾丸が放たれる。


 彼女に向かっていったその弾丸は、空中で見えない何かにぶつかると、波紋を残して消滅した。


 直後に、ブライトが両手を打ち合わす。すると俺の左右で床がブロック状にせり上がり、高速でこちらに迫る。


「テレポート弾」


 上空に弾丸として俺自身を撃ち出し、押し潰し攻撃を回避する。


 そのまま空中から奴を狙いもう1発射撃するが、やはりバリアのようなものに阻まれて本人には当たらない。


「セイジ君。本気を出してほしいな」


 空中にいる俺を中心として、透明な球体のようなものの輪郭が浮かび上がる。全身に強い圧迫感――重力攻撃のようなものか!?


「テレポート――」


 光線のような弾丸を撃ち出そうとする。しかしその光線が重力の空間から抜け出せない。マズい。圧縮され全身の骨が砕け始める。


「反重力弾!」


 紫で縁取られた黒の弾丸が、透明な空間を剥ぎ取るように吸収する。


 そのままヤツへと向かった弾は、その体に当たる直前でやはり停止する――が、重力弾がメキメキとそのバリアのようなものを歪める。とはいえバリアを破るには至らず、弾は消え去った。


「回復弾」


 緑の光が全身を包み、折れた骨を回復する。そろそろ右手が限界か。切り落としておこう。


「惜しいね」

「そのようだな。そのバリア、耐久力みたいなものがあるんだろ。火力を集中させれば、案外簡単に破れるはずだ」

「試してみるといい!」


 言われなくても。右手を再生させて戦艦の主砲を放つ。巨大な弾頭はブライトの目前で停止し、旋回する。再び空間が微かに歪むのが見えた。


「光線銃」


 砲弾を光線が貫き、弾頭が大爆発を起こす。爆炎で視界が覆われ、ブライトの姿が見えなくなる。


「バリアは――」

「バリアは破れたけど、追撃できないんじゃあまり関係ないね」


 その声は俺の背後から聞こえた。急ぎ振り向く――俺の真後ろから、ブライトが懐に入り込んできていた。その拳が、俺の腹を打ち抜く。


「ぐおっ……!」


 内臓に響くパンチだ。体格差も関係なく体が吹き飛ばされる。そうだった。能力関係なくこいつは怪力だったな!


「正直なところ、私たちの戦いには決め手がないんだ。お互い致命傷でもすぐ回復できるからね。決着があるとすれば、どちらかが負けを認めるか――または、どちらかを即死させるかだ」


 即死、か。できればその手はやりたくないが、いざとなればそれもしょうがないかもしれないな。


「セイジ君。君がするべきなのは即死させる覚悟じゃなくて、即死させられる覚悟の方だよ」


 体の片側に熱を感じる。何かまずい。熱源を見ると、赤い光が空中で凝縮されつつあった。


「爆縮爆弾」


 体がそちらに一瞬吸い寄せられる。直後に恐ろしいほどの熱を一瞬感じたかと思うと、体の感覚が消える。


 轟音と炎が舞い散る。左肩から先がぶっ飛ばされ、消し飛ばされていた。


「ぐあああっ……!」


 地面を転がりながら即座に回復弾で回復する。痛みは消え、死にかけの体が復活。


「バリア破壊弾!」


 攻撃が苛烈すぎて、複数の弾丸で火力を集中させているような暇はもはやない。特殊な弾丸で無理矢理ヤツのバリアを破ろうとする。


 緑の光を含む弾丸が空中で停止し、ブライトの周りの空間が砕けた。


 ――代わりに、俺の両手が一気にすべて黒くなる。何だと……!?


「特別製のバリアだからね。カウンターみたいなものを仕込ませてもらった――特別な弾でバリアを剥がすには相当のコストがかかるようにと。

 そしてこれで、手を切り落とすまで君は次の弾が撃てない。実戦では大きな隙だと思わないかな?」


 ブライトが片手を上げ、こちらを見下ろす。その手に何かのエネルギーらしきものが集まっている。詳細はわからないが、即死級の何かであることはわかる。


「残念だ。しかし同時に安心もしたよ。やはり何者であろうと、今の私の前には無力――」

「――どうだかな」


 その直後。一筋の光が、ブライトの頭を貫いた。


「な……に」


 俺の両手はまだ黒いままで、弾を撃ってもいない。にもかかわらず、弾丸は発射された。


「これがまだ隠していた俺の切り札だ。『未来から過去に向かう弾丸』……この弾を撃ったのは俺じゃない。未来の俺だ」


 完全に不意を打たれたブライトが、血の海に倒れた。

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