第2部2章 青い空、黒い雲

第1節 あれから数ヶ月

「……というわけで。セイジ君、聞いてる?」

「はいはい、聞いてるよ。で、どこまで言いました?」


 そんな返事を返すと、パカッと軽快な音が響き、頭をぶん殴られた。凄まじく痛ぇ!


 異常空間の中じゃないのになんでこんな痛いんだ。やっぱりこの人ゴリラなんじゃないのか?


「先輩の話はちゃんと聞きなさい。いい? 我々ASSISTの使命は、ただ異常空間を解体するだけじゃないんだよ。

 そこに迷い込んでしまった人々を保護し、命を救うこと。その為にこそ力を使わなきゃいけないの」


「もうわかりましたって、ルカ先輩。だから今回は俺も手を尽くしたでしょうに」

「うむ。先輩として後輩の頑張りは認めよう。

 でも君は扱いが悪いよ! 民間人を放り投げたりしちゃダメでしょうが!」

「しょうがないでしょうが。ゴリラの先輩と違って俺の能力は弾撃つだけなんだから、民間人は邪魔だったんすよ」


 バコン!! というすごい音と共に頭に痛みが走る。恐ろしく痛ぇ! 頭が割れたんじゃないかと額を擦る。


 幸い脳漿とか血液は出ていないようで、皮膚は乾いていた。



 俺がスカウトされてからはや数ヶ月。


 順調にASSISTでの信頼を獲得した俺は、ルカの相棒として日々の任務をこなすようになっていた。


 俺の持つアシストフォース、「弾丸発射」。


 異常空間の深度によって異なる威力の弾丸を放てる能力は、汎用性が高く燃費がいい。


 そこらの異常実体なら大抵は1発で沈められる威力だ。


 その弾がおよそ1分間に60発は撃てる。それ以上のペースで撃つと能力が一時的に使えなくなるが、そもそもそんなに撃つ前にどの異常実体も倒せる。火力だけで言えばASSISTでも随一だった。


 そしてルカ先輩が持っているアシストフォース、「ダンジョンルーラー」。異常空間のすべてを支配する力。


 文字通り空間を支配する彼女の力は、異常実体を手懐けることも、空間の構造を好き勝手に入れ替えることも、挙げ句に空間を強制的に解体することも可能だそうだ。


 そういう極めて有力な能力を持つ俺たち2人組は、ある種ASSISTの中で特別な地位を得ていた。


 本来ならばエージェント数名で散策して攻略する異常空間。


 俺とルカはその能力の高さから2人での行動が全面的に許可され、全国のあちこちを飛び回る日々が続いていたのだ。


 そんなこんなで、今日は1件の異常空間を解体後、カラオケで打ち上げをしていたというわけだ。


 ところがカラオケの中で、歌を聴く代わりに俺は説教を食らっていた。


 今に始まったことじゃないが、ルカは正義感が強い。民間人や力のない者を守るべき、という思想が強かった。


(なんで弱い奴らに気を使ってやらなきゃならないんだか……)


 俺の思想は彼女とは違っていた。そりゃ、俺だってルカに助けられた人間だ。元々は弱い側の人間だった。


 しかし異常空間に迷い込んだ民間人どもと来たら、やれ「なんでもっと早く来なかった」だの、やれ「お前らがさっさと来ないから○○が死んだ」だの。


 気持ちはわかるが、助けられておいてその態度はないだろといつも思う。いちいちルカには言わないが……。


「まぁまぁ……とにかく怪我はなかったんだし、こんなとこに入ったんだし。歌でも歌ってくださいよ」

「もう……しょうがないなぁ。確かに兵庫まで来たセイジ君の思い出がお説教メモリーだけだったら悲しいか。

 仕方ない、私の美声を聞かせてしんぜよう」


 適当なことを言いながら素早く入力し、歌い始めるルカ先輩。


 流行りのアイドルの歌のようだ。熱唱しているがさして上手くはない。


 が、笑ったりするとまたゴリラのようなパンチで頭を叩き割られる恐れがあるので我慢する。


(……しっかし、不思議なもんだよな)


 なんの因果かルカに命を救われたあのとき、彼女は神々しくすら見えたというのに、今はなんというか……普通の女の子だ。


 その横顔もあのときや異常空間の中と違い、格好良さよりも可愛らしさが目立つ。


(……いやいや。何言ってんだ俺は)


 狭い部屋で余計なことを考えるもんじゃない。お陰で変に意識してしまった。


 俺は落ち着くためにドリンクバーで注いだウーロン茶を飲む。味は薄いが、冷えている。火照った頭を冷やすにはちょうどいい。


「フー……武道館だねこりゃ。さ、次はセイジ君の番だよ」

「……え?」

「え、じゃないでしょ! カラオケ来といて私だけに歌わせるつもり? 君も歌うんだよ!」


「いやでも、俺歌とか知らないですよ。聴かないんで」

「男子高校生が歌の1つも知らないなんてある!? じゃあ普段何してんの!?」

「いや……本読んだり、寝たりとかですかね」

「おじいちゃんの趣味だよそれは、勿体ない! 人生損してるね! 私がもっと楽しい人生の過ごし方を教えてあげるよ!」


 手始めに、と笑顔でマイクを渡される。流れてくるのは知らないデュエットソングだ。


「いや、だから知らないって……!」

「なんとなくでも歌うんだよ! ほら、セイジ君のパートから!」

「ええ!? ……よ、夜の風〜、を……照らす……」

「もっと気合を入れなさい! 先輩命令だよ!」


 知らない歌を歌わされるということがどれだけ恥ずかしいかわからないのだろうか、この先輩は!

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