第8節 軋み

「異常空間の解体、完了しましたー。もう封鎖を解いても大丈夫ですよ。お疲れ様でした」


 異常空間が完全に崩壊すると、いつの間にか俺たちは元いた茶屋の前に立っていた。


 怪訝な目で見てくる現地の京都府警に、ルカがにこやかに対応する。


「あ? あぁ、終わったん」

「何だったんだ、まったく。無駄な時間だったな」

「ま、ええやろ。俺らはただ立っとっただけで金もらえるんや」


 態度の悪い警察官が去っていく。ルカは表面上笑顔だったが、俺は気に食わなかった。


「何なんだあいつら? 偉そうにしやがって」

「あはは……ほら、ASSISTって警察ではあるけど秘密組織だからさ。

 現場の人にも、『ASSISTの指示に従って現場を封鎖。エージェントが来たら案内しろ』みたいなざっくりした指示しか来てないらしいんだよね」


 だからってなんで態度が悪くなる――と思ったが、なるほど。


「要するに頭飛び越えられて指示された上に、子供が派遣されてきたから気分が悪い、ってことか」

「そういうことみたい。ま、京都に限った話じゃないよ。色んなとこで皆こんな感じ」

「ったく。文句があるんだったらお前らで異常空間の中に入れってんだよ」


 異常実体は、アシストフォースがないと基本的にどうしようもない。


 普通の銃火器じゃあまり効かないし、戦車とかデカイ武器を持ち込もうにも、異常空間の内部は意味のわからない地形が多く実用性が低いらしいのだ。


 だから結局、子供を雇ってでもアシストフォースに頼るしかない。足柄さんはそう言っていた。


 つまり異常空間の内部においては、今どこかに行った警察連中より俺やルカのほうがよっぽど強いのだ。


「そんなこと言っちゃだめだよセイジ君。戦うのは力ある者の定めってやつだからね」

「定めェ……?」

「鍛えてる軍人さんが市民を守るために戦うのと同じように、アシストフォースを持つ私たちが異常空間で戦わなきゃいけないってこと。

 それが社会のあるべき姿ってやつだよ」


「社会のあるべき姿ねぇ。強い俺らが軽んじられてんのはおかしいと思うけど……おわっ」

「まぁまぁ、文句言わないの! さ、京都観光でもして帰ろうよ」


 まだまだ納得できそうもない俺の肩に、ルカの腕が回される。


「いや、ちょっ……つーか新幹線の時間とかわかってるんすか!? ちょっと! ルカ!?」

「先輩!!」

「ルカ先輩!! 止まれ〜〜〜〜!!」



「はっはっはっは……! それでこんな時間に帰る羽目になったと」

「笑い事じゃないっすよ、足柄さん……!」


 ASSIST本部、学生チーム室。結局さんざん京都を練り歩いた挙げ句に新幹線でまた東京まで戻ってきて、ここに着く頃にはすっかり夜だ。


「それは災難だったね。けど、楽しそうでよかったよ」

「ルカが楽しんでただけで俺は別に……」

「お土産まで買っておいて?」

「これはまぁ……突然抜けちゃったんで、詫び代わりに。生八つ橋です」


 紙袋から生八つ橋を取り出して足柄さんに渡す。


 現状、この部屋には俺と足柄さんしかいなかった。他のメンバーはもう帰ったのだろうか。まぁ夜だしな……。


「にしても相棒か。彼女がそんなふうに評価するなんて珍しいね。よっぽど有用な能力だったのかな」

「あんまり自覚ないですけどね。そんなめちゃくちゃ強い能力だとも思えないし」


 俺は足柄さんに軽く自分のアシストフォースについて説明した。ところが――


「なるほど……。それはたしかに、かなり強い」

「そうなんすか?」

「そうだなあ……参考までに、私の能力を言おうか。

 私のアシストフォースは『次元斬』といってね。同じ場所に一定時間留まって刀を構えることで、相手の肉質やら硬度を無視して切断できる力なんだ」


「……なんか聞いた感じ、俺よりは強そうですけど」

「いやいや。具体的に言うと、30秒間同じ場所から動けなくなるんだよ。

 異常空間って、解体のためには奥に奥に移動しないといけないだろ?

 会敵の度に30秒止まるうえに、動きの速い相手には攻撃も間に合わないんだよ」


 ……なるほど。そう言われるとたしかに弱そうに聞こえてきた。

 

 普通に歩きながら撃ちまくれる俺の能力は、異常空間の攻略においては有用なのかもな。


「正直、能力の程度はみんな似たりよったりでね。君やルカ君の能力はかなり上澄みだよ」

「あ〜、やっぱりルカの能力は強いんですか」 「そうだね。僕ら全員の中でも最強が彼女さ。だから、君が来てくれて実は安心してるんだ。

 ルカ君はああ見えて、精神的に脆いところがあるから。側で支えられる人が欲しかったんだよ」


 精神的に……か。正直とてもそうは見えなかったが。あの後きっちり京都観光してたし、新幹線では爆睡してたし……。


 とはいえああいう現地警察とのギスギスしたやり取りを毎回してるとすれば、心労も間違いなくあるだろう。


「わかりました。そういうことなら、俺がルカを支えますよ。相棒として」

「ありがとう。……ただ問題があるとすれば」

「何ですか?」


「ルカ君は何かと全国各地に飛んでもらってるから、家に帰れなくなることが頻発するかもしれないね」

「えっ」

「ホテル代とか経費で出すけど、ご家族に話はしておいたほうがいいかな。


 ――あと何なら、もう11時回ってるし。今日も帰れない連絡をしたほうがいい。もう終電ないよ」

「えっ」


 一気に意識が現実に引き戻される。終電? 家? 両親?


 よくよく考えたら俺、退院したと思ったら家に帰ってこないという……親からするとものすごく心配になるムーブをしているのでは?


 急いでその場で親に連絡する。6コール目くらいで父親が出た。


「あ、あぁ、親父? ちょっと今日、色々あって帰れないかも――」

「いいよ」

「これには事情が……あ? いいの?」

「いいよ」

「…………。あと、これからしばらく帰ってこれない日が増えるかもしれないんだ」

「いいよ」

「心配するだろうけど……あ? いいの?」

「いいよ」


「…………。一応、母さんにも確認取ってくれないか」

「いいよ」


 保留音としてYMCAの音楽が流れてくる。なんだよこの選曲。しばらくして電話が取られる。


「あ……母さん? 実は」

「いいよ」

「話ホントに聞いてんのかなぁ!?」

「全部いいよ」


 ――神凪家は、放任主義。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る