第2部1章 20年前――

第1節 出頭

「なんという失態! あのブライトの所在を知っていながら黙っていただと!?」

「挙句に取り逃がしただって!? 一体何をしているんだ!」


 ――やかましいお偉方の声が俺、神凪セイジを取り囲んでいる。

 粗末なパイプ椅子に座りながら、コの字型に展開された長テーブルの向こうに座るスーツ姿の連中を見た。


 いずれも顔面の皴が深く、髪は薄く。絵に描いたような偉い老人たちだ。目を三角にして唾を飛ばしている。


「神凪セイジ! 聞いているのか!」

「聞いてますよ……。クリスマスだってのに、よくもまぁこんなに集まって来ましたね。暇なんですか?」


「それだけの大事だということだ! これは国家の……いや、世界の存亡にかかわる問題なのだぞ!」

「それを何だね、その態度は? 自分のしたことがわかっているのか?」


 自分のしたこと。俺は脳裏にこれまでのことを思い浮かべた。

 俺は解体人として公認ダンジョンを解体して回る傍ら、政府からの依頼で非公認ダンジョン――つまり、迷宮教のダンジョンも解体して回っていた。


 その目的は、教祖ブライト。つまり……胴枯ルカの居場所を特定し、始末すること。


 世界中にダンジョンが現れた原因。ブライトの起こした『大変革』。


 それを知っているのは日本政府だけだった。これは決して国外に漏らしてはならない最重要事項だ。


「ブ、ブライトのことが海外に知れたら……にに、日本がどうなると思っとる!?」

「さぁ。良くて国が潰れるレベルの賠償金。悪くて国全体を更地にして、全世界でブライトのいるダンジョンを探し出す、とかですかね」

「……本当にそうなりかねんのだよ。ブライトによるダンジョン化は全世界規模の災害。世界が日本の敵になるならば、友好条約など何の役にも立たん」


 鼻でため息を吐く。いつの間にか大きな話になったものだ。


「それを仕留める千載一遇のチャンスを、お前は不意にしたんだ! この20年の、すべてを無駄にぃ!」


 顔を真っ赤にして机を叩き、立ち上がる老人。もじゃもじゃの髭の先まで真っ赤に染まっていくかのようだ。


「それで、結局何が言いたいんです? しくじりました、すいませんでした。それ以外に何か?」

「……ずいぶんな態度だな。確かに君のこれまでの功績は認めるが、所詮は君も日本国民だということを忘れるな」

「というと?」

「君を逮捕することも、殺すことも容易いということだ。あいにくここはダンジョンではない。君はただの人間なのだからな」


 フー、と今度は口からため息が漏れた。茶番だ。こいつらにそれを実行する力などない。


 今の俺はS級解体人。世界的に見ても有名人だ。そうそう簡単に殺すことなどできるはずがない。


 そもそも、俺を殺したところで何の意味もない。ブライトに対処でき、事情を知っている日本人は俺だけだからだ。


 S級解体人は海外にもいるが、ブライトの一件はすべて日本で片づける必要がある。理由はさっきも爺さんたちが言っていた通りだ。


「――果たしてただの人間かな」

「なに……?」

「極限まで鍛えられたアシストフォースは、ダンジョンの外であろうとも発動できる……としたら?」


 俺は座ったまま手で銃の形を作り、正面の老人を狙う。彼は血相を変えた。

 直後にSPらしき黒服が3人ほど現れ、俺に銃を向けてくる。


「冗談だよ。まいったな。本気にしたのか?」

「き、貴様ぁ……!」

「もうよい! 神凪セイジ! 貴様を謹慎処分とする。我々の許可が出るまで外に出すことはないぞ」

「はいはい……」


 俺は両手を上げたまま立ち上がる。3名のSPがやや乱暴に俺の周りを固めながら案内していく。


 階段を上がり、廊下を通り、建物を出る。車がコンクリートを走る音が遠くから聞こえてくる。


 ふと振り向くと、今まで俺が入っていた建物の全容が見えた。1本の塔が生えた網目状の四角いビル――警察庁。


 建物の前に停まっていた黒塗りの車に押し込まれる。手錠こそないが、ほとんど犯罪者扱いだ。

 警察の偉い人々を脅したのだから当然かもしれないが。


「お送りしますよ、セイジさん」

「ん? その声……キョウジか!」


 運転席でこちらに振り向いたのは、以前からの知り合い……笹山キョウジだった。


 くたびれたスーツによれたネクタイ。髪までボサボサなのは急いで準備させられたからだろうか。


 よどんだ目でミラーを見つめ、ため息を吐きながらアクセルを踏む。車が走り出した。


「だから言ったでしょう。彼女を保護するなんて正気の沙汰ではないって」

「悪いな、クリスマスだってのに運転手なんかさせてよ」

「いえ、別にいいですよ……彼女とかいないですし」


 笑うべきか、憐れむべきか。迷っているうちに返事のタイミングを逃してしまい、しばらく無言が続く。


「どうだったんですか。ルカさんの様子は」

「……俺が出会ったばっかりのころにそっくりだったよ」

「そう、ですか。実は、よく知らないんですよね。俺がASSISTに入ったときはもうお2人はバディでしたから」


「そのうえ、入って1週間くらいでほぼ全滅したわけだからな」

「まったくですよ。せっかくですし、聞かせてくれませんか。お2人の関係とか、馴れ初めとか」

「ま、仕方ない。車移動のお供に話してやるよ。


 そうだな、どこから話そうか。俺が……高校の同級生と肝試しに行った日があってな。

 それが、すべての始まりだった――」


 俺は目を閉じ、かつてのことを思い出し始めた。

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