第13節 迷宮の裁き
それからしばらくして、私たちはあるマンションの前に立っていた。
植え込みの緑が特徴的な、白い壁のマンション。
ロビーには部外者の私たちでも簡単に入ることができ、セキュリティが心配になる。
「着いたよ。ここのマンションの1階の4号室が入り口。じゃ、情報量は口座に振り込んどいて!」
白虎はそう言うと逃げるように去っていった。
……たぶん、迷宮教とあまり関わり合いになりたくないのだろう。
「ケチなセイジが情報料なんか払ってくれたの?」
「お前のためじゃないぞ。前も言ったように、俺も迷宮教には借りがあるんだ」
「えっと……一応、すぐ揉めたりはしないでね? 怖いし……」
「問題ねぇよ。俺は大人だぞ」
セイジはダンジョン内だと頼れるんだけど、現実だとどうも頼りにならないからなぁ。などと考えつつ、4号室の前にたどり着く。
「一応、中はダンジョンだからな。気は抜くな」
「う、うん。じゃ、開けるよ」
4号室は非常に平凡な外観だった。ドアの左右には窓があり、室外機は動いていない。
表札はかかっておらず、ただ無個性なドアと、回すタイプのドアノブがあるだけ。
私がそのドアノブを回すと――カチャッと軽い音を立てて扉が開いた。
鍵がかかっていなかったようだ。恐る恐る中に入ると、本来あるはずの玄関がない。
代わりに、そこにはだだっ広い和室が広がっていた。床は大量の畳がびっちりと敷かれている。
「な、何なに、これ!? マンションの中……なの?」
左右は石壁で仕切られ、数メートル前方が襖で仕切られている。
天井もおそらく5メートル近くあり、明らかにマンションの一室のサイズではない。
「これ、もうここがダンジョンの中……ってことだよね」
「あぁ、そうだな。ブライトが能力で改造したダンジョンだ。信者のために改造したわけだから、本来安全なはずだが……」
「ん? 何か気になることでもあるの?」
奥歯にものが引っかかったような言い方に振り返る。今のところモンスターもいないし、おかしなところはないようだが。
「もう少し進めば、鈍いお前でもわかるかもな」
「なっ! 何よその言い方! 私のどこが鈍いって……!」
頭にきた私は、微かな違和感も見逃さないように辺りを見回しながら歩く。
畳は普通の薄緑色。罠とかもなさそうだ。電車ダンジョンにあったボタンみたいなものもない。
近付いてくる襖はシンプルなデザインで、例の迷宮教のシンボルマークが1枚につき1つ描かれている。
そのとき私は、ふわり、と鼻の辺りを誰かに触れられたような違和感を覚えた。
「っ!?」
違う、触られたのではない。妙な匂いがするのだ。前方、襖の向こうから。
酸っぱいような、ドブの汚水のような。ものすごく汚いトイレみたいな匂いでもあるかもしれない。
「うぇ、やだなー……開けるよ」
私はセイジに断って、そっと襖を開けた。その中は――
――中は、地獄絵図が広がっていた。
まず目に飛び込んできたのは、人間の目。
……それが収まるべきところに収まっておらず、気持ち悪い紐みたいなものと一緒に単体で転がっている。
それは床一面に散らばった人間の骨や腐った肉片のほんの一部でしかない。
畳には血や黒い液体がこれでもかと染み込んでいた。
それが元々は何人分の死体だったのか、もうわからないほどグチャグチャに混ざってしまっている。
原型を残したものは無念の表情を浮かべ。
そもそも人の形を保ったものはごく一部しかなく――。
「――ぅ、げえっ」
目が回り、頭がズキズキ痛む。視界がチカチカして、目を開けても閉じてもおぞましいものが見えて、私は身を屈めて嘔吐してしまった。
お腹の中で内臓が収縮して痛む。涙がボロボロ出てきて、胃酸で焼けた喉がヒリヒリする。
「大丈夫か? ほら、ゆっくり深呼吸しろ」
セイジが背中をさすり、私に指示をする。
言われるままに深呼吸をしてみても、気分の悪さと震えが収まらない。
(なんで、なんで、なんで……なんで……?)
頭の中がぐるぐるして、思い出すのは平和に見えた外の世界のこと。
カラオケとか映画館とか、日常だった風景が思い起こされて、無性に悲しくなってくる。
「う、ああ……ああああっ……!」
感情が制御できなくて、私は子供みたいにボロボロ泣いてしまった。
悲しいのか、苦しいのか、痛いのか。……なんで泣いてるのかも、よくわからなかった。
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