第6節 12■■再臨

「お前は。ルカじゃない。まさか――ブライト!?」

「そうだよセイジ君。久しぶりの再会だね」

「テメェ……!」

「ずいぶん殺気立った目を向けるじゃないか。さっきまであんなに楽しんでいたのにねぇ?」


「結局……一体なんだったんだ、これまでの茶番は。全部お前が仕組んだことなのか!?」

「いや。ある程度は偶発的なものだった。これは私と君を試すためのものだったんだよ」

「何……!?」


「私は『大変革』を起こす前に、自らを試す必要があった。この世界に新たな秩序をもたらす資格が果たしてあるのかどうか」

「あるわけねぇだろ、ンなもん……!」


「それを天に問おうと思ったんだよ。だから私はあの場所で――記憶を消し、体を当時のものに『巻き戻し』、君の前に現れた」

「……! なんなんだ、そりゃ。そんなことが……」


「君も知ってるだろう? ダンジョンルーラー……私のアシストフォースだよ。

 ダンジョン内の事象はすべて。すべて私が支配する。そこにいる人間の年齢や記憶なんてものも、弄るのは簡単なんだよ」

「バカな。いつの間にそこまで!?」

「私も鍛えてたものでね。ま……それはともかく。


 何もかもを失くした私を見て、君は私を裁くかどうか。

 裁かなかったとして、私が記憶を取り戻し、再び『ブライト』になるのかどうか。

 これらの障害を乗り越えて、私が再び私として蘇ったのなら……『大変革』を、天は求めているのだと判断する」


「下らねえ! 勝手な理屈を喋るんじゃねぇ! 今ここでお前を逮捕する……!」

「ははは」


 私は内ポケットから拳銃を取り出し、彼に向けた。


「!」

「ダメじゃないかセイジ君。この銃を私に渡してから、自前の武器を確保してなかったろう?」

「……ルカの記憶も残ってるってわけか」

「まぁね。別に人格が変わったわけじゃないし、記憶が増えただけだからさ。

 とはいえその情報量の差で、君と過ごしたかわいいルカちゃんはほぼ消えちゃったけど」


「とにかくそういうわけだから、私はこれでお暇するね」

「どこに行く気だ!」

「もちろん……『大変革』を起こすんだよ。今のこの世界は、私が終わらせる」

「そんなことができるわけがねぇ」

「できるよ。君さえ邪魔しなければね」


 私は彼に銃を向けたまま、少しずつ歩いて離れていく。セイジ君の悔しげな表情がよく見える。


「あと1つ。今日のデートは――」


「――今までの人生の中で、一番楽しかったよ」

「……待て! ブライト! ……ルカ!!」


 角を曲がると、もうセイジ君の姿は見えなくなる。ハンドガンのマガジンキャッチボタンを押し込み、入っていたマガジンをその場に落下させた。


 役に立たない銃の本体を捨て、夜の横浜を歩く。駅はまだ人が多いが、店は少しずつ締まり始めていた。


「……あ。どうやって帰ろっかな」


 なにげなく呟く独り言は、「ルカ」がビデオテープで聞いた教祖の低い声とそっくりだった。


 逆に、我ながら思ったより高い声を出せるものだと感心する。「ルカ」の声色は私のものとは似ても似つかない。同じ体を使っているのに。


「……ふふっ」


 帰る手段をすっかり忘れていたこと。声色が違いすぎることがなぜだか面白くなって吹き出してしまう。


「ははっ……はははっ。あっはっはっはっはっはっは!!」


 笑いが止まらない。人の少ない聖夜のみなとみらい駅。広場で腹を抱えて笑う。笑いすぎて涙が出てきた。


「はははっ、ははっ……! はあぁ……!」


 涙が、次から次に出てくる。若返って涙腺が緩くなったのかもしれない。口元だけは笑いながら、涙を手で拭った。


「楽しかった。本当に楽しかったよ。『大変革』とかどうでもよくなるくらい」


 胸が、重い。


「君の言ったとおり。記憶なんて取り戻したって……幸せにはなれそうにない……」


 誰も聞くことのない弱音を吐く。それも、ここで終わりだ。


 何もかもが夢の中のようだった。街に不安を抱き、変わった世界に怯え、ダンジョンを歩み。


 人は夢の中では常識すらあっさり変わる。目が覚めてから初めて、夢の中での自分の滑稽さに気付くのだ。


「さようなら、セイジ君。面白い夢だったよ」



 20年前、ダンジョンは異常空間と呼ばれていた


 第1部 『ブライトが見た夢』完

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