第8節 12■■再臨
「お前は。ルカじゃない。まさか――ブライト!?」
「そうだよセイジ君。久しぶりの再会だね」
「テメェ……!」
「ずいぶん殺気立った目を向けるじゃないか。さっきまであんなに楽しんでいたのにねぇ?」
「結局……一体なんだったんだ、これまでの茶番は。全部お前が仕組んだことなのか!?」
「いや。ある程度は偶発的なものだった。これは私と君を試すためのものだったんだよ」
「何……!?」
「私は『大変革』を起こす前に、自らを試す必要があった。この世界に新たな秩序をもたらす資格が果たしてあるのかどうか」
「あるわけねぇだろ、ンなもん……!」
「それを天に問おうと思ったんだよ。だから私はあの場所で――記憶を消し、体を当時のものに『巻き戻し』、君の前に現れた」
「……! なんなんだ、そりゃ。そんなことが……」
「君も知ってるだろう? ダンジョンルーラー……私のアシストフォースだよ。
ダンジョン内の事象はすべて。すべて私が支配する。そこにいる人間の年齢や記憶なんてものも、弄るのは簡単なんだよ」
「バカな。いつの間にそこまで!?」
「私も鍛えてたものでね。ま……それはともかく。
何もかもを失くした私を見て、君は私を裁くかどうか。
裁かなかったとして、私が記憶を取り戻し、再び『ブライト』になるのかどうか。
これらの障害を乗り越えて、私が再び私として蘇ったのなら……『大変革』を、天は求めているのだと判断する」
「下らねえ! 勝手な理屈を喋るんじゃねぇ! 今ここでお前を逮捕する……!」
「ははは」
私は内ポケットから拳銃を取り出し、彼に向けた。
「!」
「ダメじゃないかセイジ君。この銃を私に渡してから、自前の武器を確保してなかったろう?」
「……ルカの記憶も残ってるってわけか」
「まぁね。別に人格が変わったわけじゃないし、記憶が増えただけだからさ。
とはいえその情報量の差で、君と過ごしたかわいいルカちゃんはほぼ消えちゃったけど」
「とにかくそういうわけだから、私はこれでお暇するね」
「どこに行く気だ!」
「もちろん……『大変革』を起こすんだよ。今のこの世界は、私が終わらせる」
「そんなことができるわけがねぇ」
「できるよ。君さえ邪魔しなければね」
私は彼に銃を向けたまま、少しずつ歩いて離れていく。セイジ君の悔しげな表情がよく見える。
「あと1つ。今日のデートは――」
「――今までの人生の中で、一番楽しかったよ」
「……待て! ブライト! ……ルカ!!」
角を曲がると、もうセイジ君の姿は見えなくなる。ハンドガンのマガジンキャッチボタンを押し込み、入っていたマガジンをその場に落下させた。
役に立たない銃の本体を捨て、夜の横浜を歩く。駅はまだ人が多いが、店は少しずつ締まり始めていた。
「……あ。どうやって帰ろっかな」
なにげなく呟く独り言は、「ルカ」がビデオテープで聞いた教祖の低い声とそっくりだった。
逆に、我ながら思ったより高い声を出せるものだと感心する。「ルカ」の声色は私のものとは似ても似つかない。同じ体を使っているのに。
「……ふふっ」
帰る手段をすっかり忘れていたこと。声色が違いすぎることがなぜだか面白くなって吹き出してしまう。
「ははっ……はははっ。あっはっはっはっはっはっは!!」
笑いが止まらない。人の少ない聖夜のみなとみらい駅。広場で腹を抱えて笑う。笑いすぎて涙が出てきた。
「はははっ、ははっ……! はあぁ……!」
涙が、次から次に出てくる。若返って涙腺が緩くなったのかもしれない。口元だけは笑いながら、涙を手で拭った。
「楽しかった。本当に楽しかったよ。『大変革』とかどうでもよくなるくらい」
胸が、重い。
「君の言ったとおり。記憶なんて取り戻したって……幸せにはなれそうにない……」
誰も聞くことのない弱音を吐く。それも、ここで終わりだ。
何もかもが夢の中のようだった。街に不安を抱き、変わった世界に怯え、ダンジョンを歩み。
人は夢の中では常識すらあっさり変わる。目が覚めてから初めて、夢の中での自分の滑稽さに気付くのだ。
「さようなら、セイジ君。面白い夢だったよ」
■
20年前、ダンジョンは異常空間と呼ばれていた
第1部 『ブライトが見た夢』完
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