第6節 おはよう、ルカ

「おい」


 背後から声がかかる。振り向くと、そこにいたのはセイジさんだった。


「セ、セイジさん。えっと……どうなったの?」

「どうなったって、お前がやったんだろうが。ダンジョンが攻略されたんだよ」


「や、やっぱりそうなったの!? アレが、私の『アシストフォース』……なんだよね。

 ってことは、私もダンジョン解体人だったのよね?」


「さぁな、それは知らないが。とにかくお前の能力でダンジョンは攻略され、解体された。

 『どんなダンジョンでも強制的に攻略する』……か」


 他人のアシストフォースの内容を、彼はスラスラと言ってのけた。


 さすが、歴戦の解体人となると経験則でだいたいの能力までわかるのだろうか。使った本人の私さえなんとなくしかわかってなかったのに。


 目の前の廃墟の内側はただ荒れ果てた店のようなものがあるだけで、他には何もなかった。


 そのさらに外側、つまり私の背後。


 廃墟と接した道路や電信柱、ビル……現実の外の光景に、私はどうしようもなく不安になった。

 その風景にまったく見覚えがないからだ。


 家の場所を思い出せないどころか、いま自分がどこにいるのかもわからない。


 これからどこに行けばいいのだろう、と途方に暮れる。


 人は過去の経験をもとに現在の行動を決めて未来へと向かっていく。


 ……過去をなくしてしまった私は、今、どうすればいいのかがわからない。


「……ルカ」


 後ろから歩いてきたセイジさんが、私の頭に手を置いた。


「お前の名前は……ルカだ。『お嬢さん』だとか『お前』じゃ呼びづらいからな。仮の名前だよ」

「え、うん……? ど、どういうこと?」


「どうせ行くアテもないんだろ。記憶が戻るまで俺のところにいろ。手助けくらいはしてやる」


 そんな提案をしてきた彼に、安堵感で胸が一杯になり、思わず涙が出そうになる。

 相変わらずこの人は、言動と怖そうな顔に反してずいぶん優しい。


「あ、ありがとう……! ありがとう、セイジさん!」


 感謝の意を込めてセイジさんに抱きつくと、彼は少しよろけながら私を受け止めた。


 身長差がありすぎるので、彼の胸板に顔をうずめる形になったが、それでも構わずしがみつく。


「……そのセイジさんってのやめろ。セイジでいい」

「え? でも年上だし……」

「関係ない。セイジにしろ」

「??? わ、わかった……。じゃあ、セイジ。改めてしばらくの間よろしくね」


「……ああ。言っとくが、タダで協力してやるわけじゃないからな。

 お前の面倒を見る間、お前もダンジョン解体を手伝ってもらう。

 見たところ、なかなか有用な能力みたいだしな」

「うん。それでも嬉しいよ。ありがとう!」


 そう長い付き合いじゃないが、彼の言動の傾向は読めた。


 要するにツンデレというやつだ。男なのに。いや、こういう言い方は前時代的かもしれないけど。


 何もわからない今の私に役目と居場所が与えられることは、どんな事よりも……ありがたいことだったのだ。


 ともかく、こうして。


 私、ルカ(仮)とセイジの束の間の協力関係が築かれたのだった。

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