第5節 単独行動

 それから、愛知のギルドを後にした私たちはいつもの部屋に戻ってきていた。


 もうすっかり慣れたソファベッドでの睡眠。私は明かりの消えた天井を見つめていた。


 何も写っていない大きなテレビ。カーペット。大きなパソコン。


 そういう屋内のものを見るともなく見つめたあと、また照明を見る……。眠れなかった。


 私は迷宮教と何らかの関わりがある。


 しかし、まだ何も思い出せていない。


 脳裏に浮かぶのはあの凄惨な死体の光景。教祖ブライトの怒りの声。


 そのすべてが他人事のようであり、すべてが自分事のようにも思える。


(セイジはなんで私を拾ったんだろう)


 ぐるぐる考えていると、今日一日の出来事が頭の中で整理されていく。次に思い出すのは『大変革』のことだ。


 世界中を覆うほどの巨大ダンジョン。その中では、「ダンジョンルーラー」のアシストフォースを持つブライトがすべてを操作できる。


 要するに世界征服だ。……現実味はない。そりゃそうだ。私はブライトと会ったことないし、その能力の発動も直接見たわけじゃない。


 だけど、長い間迷宮教を追っているというセイジが言うことだ。ブライトの能力は本物なんだろう。


(……もしかしたら)


 『大変革』が起きて、世界中がダンジョンになったとしても。


 私の能力なら、5階層に辿り着きさえすれば……世界を覆うダンジョンも攻略して、解体できるのでは?


(もしかして、セイジはそれを見越してるのかな……?)


 まだまだ眠気が訪れずに、ソファで寝返りを打つ。


 もう1つ、頭に浮かぶのはギルドでのセイジの発言だ。


 これまでもこれからも唯一の相棒。……なんか嬉しくて顔がにやけてしまうが、それで終わらせてはいけないのだ。


 その言葉から読み取れること。それはつまり――セイジは、記憶喪失になる前から私を知っていたのではないか、ということだ。


 もしセイジが私のことを前から知っていたとなると、辻褄が合ってしまう場面がいくつも思い浮かぶ。


 私の能力を早々に看破できた理由。私を保護し、行動を共にする理由も。


 実際、迷宮教を追っていたセイジが迷宮教と関係を持つ私を知っていることはなんら不思議な話ではないのだ。


(……わかんないよぉ~)


 セイジが言わないってことは悪気があるわけではないんだろうけど。


 寝返りでぐるぐる姿勢を変えながら、その日は結論も答えも出せずに眠った……。



「……単独行動がしたい?」


 翌朝。ダンジョン休みの日の本日、私はセイジに1つ提案をしていた。


「うん。ちょっと調べごととかしたくて……いいかな?」


 昨日の思案は実を結ぶことはなかったけど。考えてみれば、情報収集を全部セイジに任せるというのもあまり良くない気はした。


 彼はすごく親切にしてくれるが、まだまだ謎の多い人物。私に隠してることもあるだろう。


 記憶なんてふとしたきっかけで蘇るものかもしれないし、自分から行動するのが一番いいはずだ。


 それに、セイジがさらっと流してしまったASSISTとかいう組織も気になる。少しは私の方で色々調べてみようと思ったのだ。


「外に行くのか?」

「うん。そのつもりだけど……だめ?」

「……別に構わないが、帰ってこれるのか? この家がどこにあるかわかってるか?」


「わ、わかってるわよ。私の帰巣本能を甘く見ないでよね!」

「あとお前、金持ってるのか?」

「…………」


 金……! そういえば、この厳しい現実の世にはそんなものも必要なんだった。


 身元を証明するものを何も持ってない私が金なんて持ってるわけもない。これじゃ外に行っても何もできなくない?


「……お小遣いちょうだい、パパ♪」

「誰がパパだ、誰が」


 ……交渉の結果、私は2000円を手に入れて街に出ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る