第2節 デート、■りの■界②

 暗い映画館の中に、ただ1つ、大きなスクリーンの光が映し出される。


 映像の中では、口が溶けたように塞がれたり、気持ち悪い虫みたいなものを摘出したり、夢なのか夢じゃないのかわからなかったり……と、まぁ色々とすごい映像が繰り広げられていた。


『青い薬を飲めば……物語はそこで終わりだ。自分のベッドの上で目覚めて、そこからは自分が信じたいものを信じればいい。

 赤い薬を飲めば……不思議の国にとどまることができる。このウサギの穴がどこまで深いのか見せてやろう』


 画面の中で、男が両手のひらを主人公に見せる。片手には赤い錠剤。もう片方には青い錠剤。


 言い回しは難解だが要するに、青い薬を飲んだら夢の世界に留まることができる。


 そして赤い薬を飲んだら現実世界で目が覚める――辛く苦しい、現実の世界で。


 映画はそれから、現実で目覚めた主人公が強くなり、再び電脳世界に戻って激しい戦いを繰り広げる……といった調子だ。


 終盤はド派手なガンアクションだらけで、最初の硬派なSF要素はどこへやら。そのおかげで有名作になれたんだろうけどな。


 おおよそ2時間くらいの上映が終わり、エンドクレジットが流れはじめる。……途端に、横で控えめにガサゴソした音が鳴り始めた。


「……何してんですか、ルカ先輩」

「急いで残りのポップコーンを食べてるんだよ……! 上映中に食べちゃわないと!」


 お互い小声でヒソヒソと喋る。彼女は必死の形相でデカい器からポップコーンをさらっていた。


「別にそんな、急いで食べるもんでも……」

「こんなデカイの持って歩きたくないじゃん!」


 そのままガーッとポップコーンをかき込む。エンドロールが始まってから露骨に音が鳴り始めたのを見るに、おそらく周りの人に気を使ってはいたようだ。


 そのままリスみたいに頬にポップコーンを貯めてボリボリ食べる様子を見て、俺は笑いを堪えるのに必死だった。



「さーて! 何食べようか!」


 4階に移動した俺たちは、結構な広さのフードコートを眺める。席の数は、もう何個あるのかすらわからない。400か500席くらいはありそうだな。


 そんな広いフードコートは店の種類も豊富だ。100時間煮込んだカレー。アメリカンステーキ。唐揚げ定食の店。つけ麺。ハンバーガー。ラーメン。ガーリックライス、お茶漬け……?


「セイジ君、普段は味気ない食事ばっかりだからねぇ。たまにはジャンキーなものでも食べなよ」

「味気ない……? そんなにでしたっけ?」


 別にそんな変なものは食べていないつもりだが。それに昨日は――と思い出そうとしたが、どうも昨日の晩飯が思い出せない。


 ――もっと言うと、昨日何をしていたのかも思い出せない。やばいな。脳トレが必要かもしれない。ルカとのデートが楽しみすぎて記憶が飛んだのか?


「中華料理セットなんてのもあるよ! う〜む、これは悩む……何を食べるべきなのか……!」

「ポップコーン食べ終わった直後なのによく食えますね」

「ポップコーンはお腹に溜まらないからね」


 さらっと言ってのけたが、そうか……? アレ結構なんか腹膨れないだろうか?


「まぁまぁ。これからも何度でも来れるわけですから、適当に決めちゃっていいと思いますよ」

「それもそっか! じゃあガーリック……ッ、いやウソ。つけ麺にしよっかな」


 ルカは注文を翻し、つけ麺を注文しに行った。なんでちょっと変えたんだろうか。よくわからないまま彼女を見送り、俺もメニューを考える。


「……目を。覚ますな」

「ん?」


 後ろから誰かの声が聞こえた気がして振り向いた。しかし、近くには誰もいない。そこそこ離れた位置に親子連れが席に座っているだけだ。


「気のせいか」


 俺は唐揚げ定食を買うことにした。値段も850円と結構安い。昼飯には十分だろう。



「あの映画、赤い薬か青い薬か、ってやつ。セイジ君はどっち飲む?」

「うーん……赤い薬を飲んだら現実へ、青い薬を飲んだら仮想世界で生き続ける……ってやつですよね。

 俺は青かな……。だって、都合のいい夢を見続けられるんだったらそれに越したことはないじゃないですか」


「まー、セイジ君は保守的な性格だしね〜。私は赤い薬かな! やっぱり真実を知りたくならない?」

「俺は別に……変に真実真実言ってヒロキみたいになりたくないですしね」

「ひどいこと言うねぇ!?」


 俺とルカはそれから、昼飯を食べながら他愛のない感想を語った。


 やたらと特筆される弾丸を避けるシーン、直後に普通に足撃たれて笑っちゃったとか。


 電話に出る前にゴチャゴチャ言うタイプのヒロインは嫌い、とか。格闘シーンがかっこよかったとか。


「……ん?」


 笑顔で語るルカを見ながら、俺は箸を動かして唐揚げ定食の米の中を探る。


 丼の奥になにか硬い感触があったのだ。箸でつまんで引き上げる。


 そこに摘まれていたのは、映画に出てきたような透き通った青い錠剤だった。


「――――」

「セイジ君? どうかした?」

「あっいや! 何でも……」


 俺は咄嗟にその青い薬を手に取り、ポケットの中に突っ込んだ。……何だ? 一体これは。


「今日はよくぼーっとしてるねぇ。寝不足?」

「はは……それはちょっとあるかもしれないですね。先輩とのデート、楽しみにしてたので」

「へぇ〜……」


 ルカはこちらをからかうようにニヤリと笑った。その直後に眉を下げ、目を逸らす。


「……私も。楽しみにしてたし、今も楽しいよ」

「ルカ先輩……!」

「つ、次行こっか!」


 照れ隠しのように彼女は立ち上がる。つけ麺はいつの間にか食べ終わっていたようだ。


「あっ、ちょっと待ってください。まだ唐揚げが!」

「早く食べなきゃ私が食べちゃうぞ〜!」

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