第5節 そうだ、京都行こう

 古都、京都――。


 古くから日本の政治・文化の中心地として栄え、金閣寺や清水寺をはじめとする文化財が多く残る地域である。


 木造建築を中心とした都市景観は洗練されており、国内外問わず多くの観光客がここを訪れている。


 木製の多くの建物。灰色と黄土色の町並みの中に、漆の黒や朱色が映えている――。


「……じゃないだろ! なんでいきなり京都に!?」


 和服姿の外国人や日本人が行き交う京都の町並みで、俺は叫んだ。


「びっくりしたぁ。来てから叫ぶかねフツー」

「それは俺もそう思うけど! つか、説明をっ……いや、その前に……? あぁもう、訳がわからない!」


 混乱する俺を半笑いで眺めながら、ルカはこちらを宥めるように両手を掲げる。


「わかったわかった、説明するよ。簡単に言うと、君のアシストフォースを見たいんだ」

「俺の?」

「そ。多分足柄さんからも話があったと思うけど、アシストフォースっていうのは異常空間でだけ使える特殊な能力のこと。

 その能力は完全に人それぞれでね。実際に異常空間で確かめる以外に調べる方法がないんだ」


 ……アシストフォース。正直なところ、興味がないわけじゃない。


 俺も何だかんだ高校生。特別な能力を身に着けたなんて言われたら興奮せざるを得ない。


「で、さっき新しく京都に異常空間ができたって聞いてね。さっそくセイジ君の力を見せてもらいたいんだ」

「……わ、わかった。ただ……異常空間って、あの……バケモノがいるんだろ?」


「異常実体ね。その通り。だからいきなり君を1人で行かせたりはしないよ。私が一緒に行くから」

「一緒に? ……って、2人だけ?」

「他のみんなは忙しいみたいだからね〜。まっ、ヘーキヘーキ。君のことはこのルカ先輩が守ってあげるからね」


 ルカ先輩って。見たところ俺と同年代だと思うんだが……。



「あー、どうもどうも! 東京から来ました、異常空間特別捜査係で〜す」


 しばらく京都の町を歩いた後、道路工事中のために封鎖された道を進んでいったルカは、黄色と黒のテープで現場を封鎖していた警官に声をかけた。


 警官たちはいずれも大人で、怪訝な顔で彼女を見つめる。


「異常空間って……あの東京の訳わからん部署か?」

「なんで子供が来る? 警察をナメてるのか」

「ハハハ。まぁまぁ。とりあえず私達が出てくるまで現場を封鎖しといてもらえれば大丈夫ですから」


 慣れた様子の笑顔で失礼な警官たちをやり過ごすルカ。手招きされ、俺も封鎖された建物へと入っていく。おそらく茶屋か何かだ。


 だが、入ってみるとそこは茶屋ではなかった。足元には長い草が生い茂っており、屋内とは思えない光景が広がっている。


「なんだこりゃ!?」

「うわー、入り口からずいぶん『濃い』ねぇ。ところで、どう? 体の感覚とか。何かが使えるような気がしてない?」


 突然現れたジャングルに怯むことなく進みながら、彼女はそんなことを問いかけてきた。


「使えるって?」

「アシストフォースだよ。何かが使える感覚があるなら使えるし、使えなさそうなら使えない。なんか変わった感じがしない?」

「……そういえば、なんか指先が熱いような気はする、かな」


 俺は改めて自分の左手を見る。人差し指の先が、熱いやかんに触れた瞬間のような、熱いんだか冷たいんだかよくわからない感覚に襲われているのだ。


 試しに、指を折りたたみ……左手を銃の形にする。なんとなく、しっくりくる。「何かが使えそう」な感覚があった。


「――うごぇぇぇぇっ」


 森の奥から、酔っぱらいが嘔吐するような声が聞こえてくる。


「なんだ!?」

「異常実体だね。確かグールだったかな?」


 草を掻き分け、何かが現れる。……人だ。いや。人じゃない。


 大木の表面のような、ボロボロの鱗のような皮膚。灰色に黒ずんだ色。白濁した目。


 おおよそゾンビみたいな化物が、ゆっくり近付いてきていた!


「お誂え向きだね。アイツは結構弱いから、アシストフォースが出せそうなら出しちゃおう!」

「だ、出すっつったって……! こ……こうか!?」


 俺は構えた手をゾンビに向ける。人差し指の先に小さな光の玉のようなものが浮かんだ。


 玉が高速で回転し始める――視界の先には迫りくるゾンビ。俺は弾を、撃った!


「ウゲェェェェッ……!」


 パン、と乾いた音が鳴る。反動で指がジンジン痛む。……ゾンビの頭は弾けて消えていた。


「おぉっ……すごいねぇ。グールを一撃か」

「うわああ! なんか指から出たぞ! なんだこりゃ、今のがアシストフォース!?」

「その通り。君の能力は、指先から弾丸を放つ力……かな?」


 ルカは弾丸を放った俺の左手を両手で包み込む。……柔らかな手の感触に一瞬ドキリとする。


「ふむふむ、なるほど。ちょっと手が黒くなってるね。これが代償かな」

「はっ!? 代償!? なんだそりゃ!」

「多くのアシストフォースには何らかの制限があってね。何でも使い放題な能力は基本的にはないんだ」


「じゃ、じゃあどうなるんだこの手! 一生黒いままか!?」

「まぁまぁ、よく見てごらんよ。ちょっとずつ、黒いのが元に戻ってきてるのが見える?」


 指摘されてよく見てみる。確かに、人差し指の第二関節までが黒くなっていたのが、じわじわと黒い範囲が減ってきている……。


「ふむふむ、回復速度は結構早いね。へー……」

「あ、あのー……ルカさん? ルカ先輩? そろそろ手を離してもらっても……」


 さすがにまじまじと見られすぎというか、触れられている時間が長すぎて手汗が出てきそうだ。


「何なにー、セイジ君。照れてるの?」

「ばっ、いやっ……照れるとかそういう状況じゃないでしょ!」


 それもそっかー、とニコニコ笑いながらルカは森を掻き分けて進んでいく。


 ……そうだ。照れるとかそういう状況じゃないぞ、セイジ……!


 俺は両手で顔を叩き、自分にそう言い聞かせた。

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