第18話
018
アイドル研究部から出て校舎裏で考えを纏めていたら、突然現れた山川に必死こいた説得されて、それはダメだと言っても聞き受けられず、だから死ぬ気で頑張って走って教室に戻ってきてみれば。
「おいおい。なんの騒ぎだよ、これは」
廊下にまでヤジウマがいるし、女の金切り声が廊下の向こうまで響き渡ってたし。青山と榛名が辛そうにボロッボロ泣いてるし、遊佐は暴力を止めるのに必死だったっぽいし、月野は俺を見て固まってるし。
挙句の果てに、やっぱり晴田は来てねぇし。
「し、シンジくん」
「なんだ」
呼んだくせに何を言えばいいのか分からなくて言葉に詰まったのか、月野は振り向いたまま不安定な笑みを浮かべ、かと思えばすぐに泣いてしまった。
いや、お前がやるべきことは責任を俺に擦り付けて誰も悪くなかったことにして。とりあえずこの場を収めてまた仲良く生活して、受験勉強も始まり余裕が無くなる来年度の始まりくらいに何となくフェードアウトすることだろうに。
なんで、そんなに不器用なんだ。
「わたし……。わたしは……っ」
本当に、どうしようもない女だ。
「ばか」
俺は、一歩を踏み出して月野の正面に立った。よく頑張ったなって頭の一つでも撫でてやりたい気分だったが、そんなのは俺のキャラじゃないし、というか青海先輩と変な約束しちまったし。
だから、やれることだけをやろう。予定とは違うが、ここまで拗れたなら俺の仕事だけでも終わらせよう。『待ってて』と言った月野の言葉、俺だけは信じてやらないと可哀想だろう。
もはや、待つ場所を自分で作ることだけが今の俺に出来る最大の仕事だ。四の五の言わず、さっさとやろうか。
「なぁ、月野」
そして、深く息を吸い込むと俺は月野の目を見た。
「第二倉庫に俺を閉じ込めたの、お前だったんだな」
クラスメートたちは、一体なにを言い出すんだといった様子でヒソヒソと話している。
いきなり切り札を切ってしまったが、しかし既に狂っている場所で空気を変えるには他に方法がない。ホームルームで伝わった、ここに知らない人間がいない出来事で興味を引くしかなかった。
とはいえ、月野も多少の傷は覚悟の上だろう。親への報告と鍵の弁償代くらいは背負ってもらおう。それが、俺を閉じ込めたことへの罰ということでよろしく頼む。
「へ……っ?」
さて、どこから話そうか。想定外の展開で考えたシナリオがすべて無駄になったから、また話している内に何とかするしかないが。それでも、俺なら大丈夫だろう。
伊達に修羅場は潜ってない。自信がないなんて、泣き言は言わないさ。
「お前、俺が扉の鍵のことを言ったとき『知らない』って言ったな」
「そ、そうだったかな」
「しかし、月野は第二倉庫へ来た。おかしいだろ。先生から鍵を貰わないと開かないハズなんだから、知らないなんてあり得ない。しかし、逆に言えば開いていることは知っていたんだ。何故なら、体育教師の田辺から俺が第二倉庫にいることを聞いたから」
走った息切れで苦しくなってきたから、俺は教卓に肘をつくと息を整えて再び話し始めた。この体力の無さは、本当に何とかしないとマズいな。
「更に不思議だったのは、あのサウナみたいな暑さの中でお前が落ち着いていたことだ」
「うぅ……っ」
「黙っているならまだしも、どうでもいい会話なんて尋常じゃない。ずっと出られなければ確実に熱中症になるような密室で、なぜ月野が平常心を保てたか」
そして、俺は月野に人差し指を指した。
「答えは一つ。お前は、マジに危なくなったら出られることを知っていた。少し隙間の開くあの扉も最初から知っていて、どこで仕入れたのか知らないが、内側から南京錠を掛けるつもりで俺のところへ来たんだ」
「……それって?」
「閉じ込められたのは、月野じゃなくて俺だったのさ」
誰かの呟きに答えると、ザワザワと伝播する周囲の声。教室の外で聞いてる奴にはサッパリだろうけど、少なくともクラスメートは少しだけ事情を察したようで黙っていてくれた。
「ただ、そうなると問題はなぜ俺を閉じ込める必要があったのかだ。尤も、少なくとも何人かは理由を知ってる奴がいると思うけどよ」
クラス内を見渡すと、四人ばかり目のあった女子がサッと目を逸らした。裏を取ってる暇もなかったから、青海先輩の話の信憑性も高まって助かる。
「ど、どういうことだよ。シンジ」
狂言回しをありがとう、山川。
「簡単だ。次の授業の時間。そこに俺がいると、月野にとって、引いてはハーレムにとって困ることがあった」
「なんでだ?」
「忘れたのか? あの日、体育のあとがなんの授業だったか」
「……あ! 自習だ!」
その通り。ライアン先生が急用で、俺たちは英語の自習だった。
「つまり、体育館で何らかの事件があったんだ。それを自習時間で解決させないために、月野は俺を閉じ込めた。丸々一時間も俺をクラスから遠ざければ、その何かを隠す方法くらい幾らでもあったんだろうさ」
教師のいない暇な自習中、違和感があれば気が付いて男子たちも噂をするに決まっている。それが臨界点を超えて、例えば浜辺あたりに『なぁ、シンジ。お前はどう思う?』とでも聞かれれば俺はアホ面こいて推論を展開したことだろう。
「なら、何があったんだ? 女子は、俺たち男子に何を隠しているんだ?」
ふと青山を見ると、彼女は月野ではなく俺を見ていた。遊佐、お願いだからそのまま食い止めておいてくれ。引っ叩かれると今度こそ収集がつかなくなる。
「そんなの、一つしかないだろ」
恐らく、この言葉で事情を察した男子は
もちろん事実かどうかは定かじゃない。俺は、青海先輩に聞いた断片的な話をそれっぽく繋いでるだけだ。
「女子の体育はバスケだったか。えーっと、栗田。お前はバスケ部だよな?」
「あぁ、そうだよ」
黙りこくったクラスメートの中、栗田が答えてくれる。
「俺はバスケに詳しくないから教えて欲しいんだけどさ、ファウルってどんなモノがあるんだ?」
「そうだな。色々あるけど、授業程度ならトラベリングやダブルドリブル。あとはチャージング……。あっ!」
言葉にはしなかったがみんなが理解した。
それが決してワザとじゃなかったとしても、本当に偶然の事故で
「それを、月野がやられたっていうのか?」
「いいや、違う。被害者は月野じゃない。それに、被疑者すら三年生
もちろん口からデマカセで、犯人は間違いなくクラスの中にいるのだが。場面の空気が俺にツッコむ余地を与えない。なぜ俺が知っているのか、その説明はハッキリ言って無駄だからみんなの沈黙は助かる。
そして、さっき目を逸らした女子たちは誰一人として返事をしなかった。こういう時の女の団結力は凄まじい、男なら無駄に正義感を発揮してこんなにスムーズに話は進まないだろう。
男子は、女子たちの嘘の沈黙を肯定と受け取ってくれた。
「でも、三年生の可能性があると何が問題なんだ?」
「先輩相手なんて、報復を恐れて言い出せないに決まってる。学校ってのは日本で暴力が認められる数少ない縦社会だ。だから、あらゆる意味で当人を探し当てるのは誰のためにもならないんだよ」
言い出せないのなら、表に出ないのなら、禁止されていないのと同じことだ。俺は今日までにそんな暴力を何度も受けた一人なのだから、もしも聞きたかったら幾らでも真実を教えてやるさ。
「……な、なるほど。いや、本当にお前の推理には舌を巻かされるな」
「買い被らないでくれ、成り行きだ」
ところで、月野が俺に気付かれるのを危惧したならば、被害者は目につくような、例えば包帯を巻くといった処置を受けていたハズだ。
俺は、ヒロインズの中で唯一自分の机から動いていない榛名の足首をチラと見る。土日が明けた今日だが、それでも長い靴下が僅かに膨らんでいるような気がした。
しかし、被疑者と被害者が誰かを考えるのは止めておこう。理由は単純、それは俺のやるべき仕事から逸脱している行為だから。
「さて、諸君。この問題の論点は、『なぜ月野が体育で起きた事件の真相を暴かれたくなかったのか』だ。他のことはどうでもいい、一点以外は些末な要素だと思わないか?」
演技がかったセリフを吐いて、アノニマスの興味が余所へ向かないよう論点を集中させ、一拍置くと月野を見る。すると、彼女は諦めたように、しかしどこか嬉しそうに儚く笑うと。
「んふふ……っ」
一筋だけ、温かく頬を濡らした。
「しかし、こいつも考えるまでもない。月野は、ただ俺から友達を守っただけだ」
「とも、だち?」
「そう、友達。ずっと一緒にいた、彼女ら四人はハーレム以前に友達なんだよ。他でもない、月野がずっとそう言ってたんだぜ?」
なんのドラマもない、しかし何よりも大切なモノを守るため。それが、月野が戦う理由だ。他に何も要らないくらい、人が戦うための理由だ。
「別に、合理的である必要はないだろ? 俺が絡むと友達が傷付くから、月野は俺を遠ざけた。シンプルで一番美しい答えさ」
拍子抜け、という顔をしている生徒は一人もいない。どちらかと言えば、ありえないと驚いている様子だ。
当然だな。これだけ強烈な悪意を押し付けられた月野が、その相手をまだ友達だと思っているなんて意味不明過ぎる。なのに、他にそれらしい理由も見つからなくて、だから納得出来ないというのが総意だろう。
しかし、本当は誰よりも人間らしい人間で、頑張り屋で、わがまま。月野ミチルという女の子は、学校のアイドルという仮面の下にある素顔は、そんな等身大の女子高生ってだけ。
勝手に神格化したのは周りだ。
こいつは、そんな大した女じゃない。ただ、本気になって頑張ってるだけなんだ。無い知恵絞って必死こいてるだけなんだよ。綺麗な見た目に期待して、中身を醜いと思わなかったお前たちの思い込みだ。
だって、ハーレムのヒロインだった女だぞ。
ガワは最上でも、中身はとっくに壊れていて。みんなと出会ったときから、既に月野はまともじゃなかった。彼女の自分を綺麗に見せかける嘘に、俺以外の全員が騙されてた。だから、ファンなんてのまで出来上がって、それを当たり前だと捉えていたんだよ。
だって、アイドルって偶像だから。
……そうですよね、青海先輩。
「俺の話は以上だ。否定したいならどうぞ、ご自由に」
「た、高槻。あんたは――」
「おっと、お前たちはダメだ」
「はぁ……っ?」
「お前らのくだらない『ルール』の話は、お前らで勝手にやんなよ」
青山を遮るよう、ヒロインズだけに聞こえる声で言った『ルール』という言葉に彼女たちは過敏に反応した。その中でも特に遊佐は、絶対に信じられないといったように口をポカンと開けて俺を見ている。
でも、そう驚くことじゃない。ハーレムの整合性を考えれば、先へ進んだ月野に激昂する理由を考えれば。他に答えが見つからなかっただけなのだ。
「月野、待ってるぞ」
こういう状況、なんていうんだっけか。不慮とか意外とか心外とか、そんなフレーズが当てはまりそうだが上手な慣用句が思い浮かばない。本当に物語じゃ散々見かける「やれやれ」といった状況なのに不思議なモノだが。
ともあれ、約束通り俺は誰も助けなかった。重要なのはそこだ。
ただ、容疑者Zが俺に犯した罪を調査しておおっ広げにして追い詰めて、例の学級裁判を再現するかのように、クラスのど真ん中で月野を糾弾してやっただけなのに。何故か、本当に何故か、偶然と成り行きで山川の願いも叶えてしまっただけ。
サオリの時と、何一つ変わらない。俺は、フェアにやったつもりだ。そういうことにしておいてくれ。
「うん……っ」
月野が呟くと、緊張の中を劈くように次の授業の開始を伝えるチャイムが鳴った。
自分の席に座る前、スクールバッグの掛かっていない晴田の机を通り過ぎるとき、思わず呟いた一言を誰にも聞かれなかったことを願うばかりだ。
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