第16話(遊佐カナエ)

 016(遊佐カナエ)



 ボクの心は、少しばかり複雑だ。



 なぜなら、体は女の子なのに心は男の子で。その心が想うのが、女の子ではなく男の子だから。



 ……意味分かんないよね。それって、一周してるんだから結局は普通と変わらないんじゃないかって感じだし。



 けれど、一筋縄でいかないのは確かなこと。重要なのは、ボク自身の意識だ。ボクの心には、男と女、二つの形が住んでいる。体は一つだけなのに、遊佐カナエは二人存在している。



 それが、ボクが抱える問題。今までに晒したことのない、たった一つの悩みごと。そして、ハーレムという恋愛模様を肯定することしか出来ない、大きな大きな隠しごとの正体なのだ。



 初恋を捧げたのは、小学生の頃の同じクラスの女の子だった。



 あの頃は、人を好きになるってことの意味もよく分かっていなかった。お父さんとお母さん以外に、大切にしたいって思った人が現れたのが不思議で仕方なかった。



 だから、どうしていいのか分からなくって、素直になるのが怖くって。そのせいで、ボクは彼女にイタズラをするようになっていた。



 ただし、小学生の男の子が好きな子にちょっかいをかけるなんてありふれた現象だ。きっと、どんな男の子にだって経験のある当たり前のこと。女の子だってそんなことは分かっていて、仕方なく受け入れてあげている児戯なんだろう。



 問題は、ボクの体が女の子であるということだった。



 女の子のボクが女の子にイタズラをすると、それは傍から見ればただの嫌がらせにしかならなかった。そのせいで、好きで好きで仕方なかった彼女が、やがてボクをイジメっ子として先生に告発した。



 当たり前だ。



 毎日遊んでいたお友達が、それも普通の小さな女の子が、女の子に本気の好き避けをされたって理解できるハズもない。

 彼女は、ボクの顔を見て辛そうに泣いていた。『私が何かしたならごめん。もう二度とお話しないから近寄らないで』って訴えながら、ボクを恐れるように言った。



 ……男の子のイタズラなんて、クラスの中でだって幾らでも見かける光景だったのに。先生だって、笑って仲を取り持つような些細な出来事のハズなのに。



 ボクだけが、それを許されなかった。



 同時に、なぜダメなのかという理由も考えた。けれど、考えてみるとそれは意外な程にすぐ分かって。なんの笑いどころもなく、ただボクの胸が大きくなるように神様が設計したからに他ならなかった。



 だから、いつの間にかボクは男の子とだけ付き合うようになっていた。もちろん、ボクからしてみれば当然の処世術だったんだけど、どうやら成長し始めた女の子たちはそれをよろしく思わなかったらしい。



 一番大切な人から拒絶されて、幼いながらに『自分は恋をしてはいけない人間なのだろう』と考えるようになった結果だったのに。

 偶然、ボクのことを誰かの想い人が気に入ってしまったという理由で、中学生になる頃には別の意味で女の子から迫害されるようになっていた。



 身近にいる男の子はボクを女の子として見る。遠くにいる女の子はボクを敵として見る。自分のことを相談出来るくらい信用出来る相手を作りたかっただけなのに、そんなことになってしまえば誰にも相談なんて出来るワケもなく。



 ……いつの間にか、ボクは女性恐怖症とも言えるほどに女の子を避けるようになっていた。



「ボクは、何者なんだ……?」



 胸が大きくなるたびに、自分が自分を男の子ではないと否定する。信用出来るように男の子に近づけば敵だと揶揄されて、女の子に近づけば脆い自分がいつまた恋をしてしまうのかと恐怖を抱く。



 そしてとうとう、ボクは何も考えられなくなった。そんなことをしたって答えが出るハズもないのに、ただ大声で泣き叫びながら鏡に問いかけることしか出来ない。



 歪な自分を見ていられなくて、誰かに認めてもらいたくて。こんなにも孤独な気分を慰めてもらえるならば、戻れないくらい依存してしまいそいな懸念すら置き去りにするだろうって。



 分かっていても、誰かとの繋がりを求めてしまう自分の弱さが嫌になる。



 そんなある日、ボクは彼らと出会ったのだ。



「ねぇ。キミって、恋愛に興味がないの?」



 不思議な光景だった。



 西城高校の1年A組。そこで、彼は二人の女子に言い寄られていた。そして、他の人がどう見たって好意を届けられている彼だけが彼女たちの好意に気が付いていない。



 嫌われるのが怖くて、いつの間にか人と距離を取るようになって。人間観察がクセになっていたボクにとって、彼らの関係は初めて見る模様だった。



 だから、どうしても気になって尋ねたのだ。



「うん、ないよ。それに、俺を好きになる女の子なんて存在しないから」



 あぁ、なんて鈍感な人なんだろう。



 これはある意味、暴力よりも酷いモノなんじゃないだろうか。あれ程までに恋い焦がれている女の子たちが近くにいるのに、存在すら認知していないなんてあり得ない。



 好かれている自覚があって、それを楽しんで侍らせているというのなら如何にも俗っぽくて理解できるけど。彼はまず考えるべき可能性を排除して、けれど決して離れることはしないでいて。



 きっと、この人は人として大切なモノが欠けている。どこかボクと似ている、大切な人を悲劇的に失った過去を持っているだろうって直感で分かった。



 ならば、この人はボクを傍に置いてくれるかもしれない。そこにいたって、余計なことを考えないでいてくれるかもしれない。周りの女の子たちだって、ボクのことを嫌う暇すら無いかもしれない。



 最初は、そんな思惑で近付いたハズだったのに――。



「みんなで一緒に行こう」



 否定されないことが、こんなにも安心することだっただなんて忘れていた。一緒にいてくれることが、こんなにも落ち着くことだったなんて知らなかった。



 彼は男の子なのに、立ち振舞は妙に女の子っぽくて。時々、男らしさの無い彼が逆に魅力的に見えることもあって。

 それなのに、周囲を寄せ付けないほどの才能に恵まれている。やっぱり、ボクが何をしたって否定されることは無いんだって心で理解出来てしまう。



 最後に抱いていた人への想いを、どうしても彼へ乗せて見てしまう。だから、三人の関係を観察しているうちに、いつの間にかボクはどちらの性別で晴田コウを見ているのか分からなくなっていたけれど。



「うんっ」



 確かなのは、鈍感な彼がいてくれたからこそ、ボクの居場所が生まれたということだ。



 例え、それがどんな歪な関係だったとしても。

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