第20話

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 きっと、月野は失敗しただろう。



 今日までのことを考えて普通に結論を導いて欲しいのだが、どうしたってあいつらと友達に戻れるワケがない。

 ハーレムを裏切って新しく慕う相手の男が、まさかハーレムをクソ以下みたいにコキ下ろす奴だなんてヒロインズからすれば絶対にあり得ないから。



 そもそも、純愛派の奴がハーレムを嫌うように、ハーレムの奴らが嫌うのは俺のような純愛派なのだろうから。普通の恋愛から目を背けて逃げ続けて、だったらこんなに一途を信仰する奴なんてあり得ないくらいキモいに決まってる。



 要するに、価値観の違いだ。



 文化が違えば、誘拐婚だの成人バンジーだのサルの脳みそを啜るだの、俺たちが信じられないような風習もなし崩し的に認めざるを得ないというか、逆に言えば納得できなくても否定できないと言うか。



 つまり、他人の価値観なんてモノはどうしようもなく受け入れ難い代物であるワケで、自分が変わることでしか認められない代物なワケで、ヒロインズからすれば異常な俺を嫌うことは至極当然のことと言えるワケだ。



 ただ、それだけ。別に他に何かアクションを起こすような気は一切ない。



 前にも言ったけど、俺は俺の見えねぇところで勝手にイチャつく分には構わない。そこまで俺は関与しない。別に、それを裁けるような権利は俺にない。



 俺が嫌いなことと、誰かそれを好きなこと。全然関係ないのだから、迷惑にならない限り口を挟むような野暮なマネはしない。最初っから、ずっと言ってることさ。



 目の前でイチャついてムカつく。俺が動いた理由は、この一点に限っているのだよ。



「なぁ、シンジ」

「なんだ? 浜辺」



 放課後。



 山川と東出はそれぞれ用事があったらしく、今日は俺と浜辺の二人きりだった。他の二人はさておき、彼とこういう状況は中々に珍しい。意識的に俺を避けていたのであれば、何か疚しいことがあるんだろうなって、岸本の言葉を思い出していた。



「よかったのかよ。俺、今日のことは色々と気になることが残っちゃってるんだ。いつもみたいに、スカッと解決してくれよぉ」

「ダメに決まってんだろ。首突っ込んだらただでさえ悪者の俺が完璧な悪者になっちまう」

「でもさぁ……」

「想像してみろ、女のドロドロに巻き込まれてあっちこっちにいい顔しなかゃいけなくなる悲惨な男の姿を。お前、生贄になりたいのか?」



 すると、浜辺はブルッと体を震わせて首を横に振った。



「や、やめとく。ワリ、俺はそういうことに巻き込まれたくないや」

「それがいい」



 更に、浜辺は言葉を続ける。



「シンジはさ、月野がお前のいない間に何を言ったのかも全部分かってるのかぁ?」

「いや、流石にそこまでは考えらんねぇよ。大方、俺のせいにし損ねて顰蹙を買ったってところか?」

「いや、全然違うよ。月野はさ――」



 恐らく、遮る隙間をくれたんだと思う。浜辺はわざわざ次の言葉までに2秒ほど待っていてくれた。彼は、月野のクラスでの行動を伝えるべきか否か判断しかねたのだろう。



「言わなくていい」

「……やっぱ、お前はそうだよな。はは、もったいね。月野、ちょーカワイイのに」

「仕方ねぇよ、そういう性格なんだ」 



 納得してくれたから、それからもくだらない話をしながらテクテクと駅へ向かって歩いていたのだが。実を言えば、俺は一つだけこいつに突きつけなきゃならない罪があった。



 今日はバイトも休みだ。幸い、時間も余ってるし言ってしまおう。



「なぁ、浜辺」

「なんだよ、シンジ」

「俺が校内の問題を解決する便利屋って噂流したの、お前だろ」



 浜辺は信号のない場所でワザワザ足を止めると、何だか泣きそうな顔で俺の顔を恐る恐る見た。吃って挙動不審になって、この上なく気まずそうにしている。まるで、俺が悪いことをしたみたいな気分になってくるじゃんかよ。



「別に怒ってないよ、そんなにビビるなって」

「ほ、ほんとか? 俺、中学ん時の黒歴史を穿り返されて酷い目に合わされたりしねぇか?」

「しねぇよ。まったく、お前の中の俺の評価ってどうなってるんだ。自分で言うのも何だけど、俺はそこそこ人に甘いぞ」

「うぅ、悪かったよぉ。俺、マジであの子にちょっといい顔したかっただけでさぁ……っ」



 彼が自白した通り、浜辺が例の容疑者Yだったワケだ。まぁ、冷静に考えてみればすぐに分かることだったな。

 俺が人助けをすることを知っている人物、隣のクラスの緩そうなかわいい子の見た目と急に髪を染めた浜辺。加えて、髪の理由をツッコんだときの素っ頓狂な反応。



 こいつからすれば、マジで意味不明だったハズだ。誰彼構わず助けるハズの俺が急に女子禁制だなんて謳い始めたのだから。あの子と約束してしまった手前、心臓バクバクでどうでもいい質問なんて聞いてられる余裕は無かったに違いない。



 お前ってついてねぇんだな、まったく。



「まぁいいや。行こうぜ、早く連絡つけろよ」

「はぁ? 行くって、どこに?」

「決まってるだろ。、あの子のトラブルを解決しに行くんだ。好きなんだろ?」



 すると、浜辺は何だか妙に愛嬌のある顔でニッコリと笑った。本当に、こいつはガキみたいに満面の笑みで笑うなぁ。



「……お、おぉ! マジかよ! うん! 今日は暇だって言ってた! いや、マジで俺メッチャ好きでさぁ! すげぇ困ってたんだ! いい感じに頼むぜおい!」

「一応言っとくけどよ。トラブルを解決することと、お前が付き合えるかどうかは別問題だからな?」

「あはっ! 大丈夫! その代わり、俺が解決してるふうに進めてくれよな! いいとこ見せたいんだ!」

「任せろ」



 そして、俺は浜辺と共にその子と待ち合わせを取り付け約束したファミレスへ向かったのだった。



 ……しかし、今回の件は思いがけない収穫だった。



 以前より全貌が不透明だった月野の過去。晴田のハーレムが出来た理由は、彼女たちを否定しない彼ならば安心して恋ができるという現実逃避的なモノだったが。



 それに付随する、彼女たちの『ルール』によって月野の過去の輪郭もクッキリと浮かび上がった。隠すということは、擬態すること。一人でいることを選ばず、社会に溶け込むことを意味する。



 そう、不自然なことに溶け込もうとしたのだ。



 俺の知っている月野の過去。それは、中学時代の絶望。当時の彼女の担任による、異常なまでのえこ贔屓の末にストーカー被害を受けたことだ。



 俺が手に入れていたのは、月野が中高一貫の名門女子校である白百合ヶ丘学院の生徒であったという情報。彼女への協力を決める前、SNSから月野を知る生徒とコンタクトを取り、闇に葬られた事件を考えた。



 ここからは、俺の妄想に過ぎない。もちろん、本人に確認する気もないから話半分で聞いて欲しい。



 恐らく、月野は男性恐怖症とも言える病を抱えていた。



 恵まれたルックスが災いし変態に目をつけられ、中高一貫の名門女子校であるがゆえ、進級をネタに脅され情緒を弄ばれた。何度か聞いた『男なんてそんなもの』という彼女の見下した発言も、そんな過去を思えば不思議ではない。



 あの時のサオリが同情するくらいだ。恐らく、大きく外れた予想ではないだろう。



 地元が同じ月野が俺と同じ中学に通っていなかったのは、私立校に通っていたから。高1のとき、晴田のハーレムに参加していなかったのは、高校生になってから転校してきたから。



 ならば、高校へ進級した後に何があったかだが。あいつが転校したということは、耐えきれなくなる悲劇があったのだ。

 つまり、それはもう、変態が最後の一線を越えようとしたに他ならない。下手をすれば、体を犯される直前。そこで、月野は白百合ヶ丘学院から逃げ出した。許してしまったのなら転校する理由が無いからな。



 これが、俺が断片を紡いで導き出した月野の持つ暗い過去の話。まだ小学一年生のカケルが、相手の男を値踏みする理由。



 ……だから、晴田だった。



 互いに口にするのも憚られる、辛い過去を持った女たち。それを否定しないでいてくれる、気にせずに詮索しないでいてくれる。無自覚で、無頓着で、無機質で。そんな男へ恋をすることこそが、彼女たちの救いとなる歪な関係だった。同じ傷を持ったモノ同士の、悲しい友情だった。



 ならば。



 それがわかった時に考えると言った月野への命題が、今ようやく見つかった。傷ついただけなら一人でいればいいのに、恋をする必要なんて一切ないのに、肝心の彼女がハーレムへ加わった理由が分からないままなのだから。



 ……あぁ。



 蛇足的なことを長々と話してしまって申し訳ない。もしもこれが小説ならば、ここいらで章もそろそろ終わりだろうから。スパッと『この物語が如何にしてミステリか?』という最大の謎を宣言して幕を下ろさせてもらおう。



 では。



 それほどまでに絶望した月野ミチルが、なぜ人を好きにならなければいけなかったのだろうか。

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